第四話 寮までの道
投稿ペースは大体これくらいの頻度になると思います。あんまりてきぱきとは投稿できないと思われるのでご了承ください。
「―――まずは入学おめでとう、新入生諸君。」
学園から支給されたデバイスから投影されたホログラムが一人の女性を映し出しました。紫がかった黒髪にすらっとしたスレンダーな身体。三十を遠い昔に通り過ぎたはずなのに随分と若々しい美しい顔が、こちらへ向かってイヤホン越しに語り掛けます。
「きっとこの学園に入学するまでに皆が努力を重ねてきたのだろう。中には紆余曲折あった者もいるかもしれない。そうした試練の末にこの場に立っているということはとても素晴らしいことで、だから君たちにとってこの学園に入学できたということは誇らしく喜ばしいことに感じるのではないかと思う。」
話し手の名はダーニャ・ローグ・メラテリウス・アカデミア。ロウグエナ魔導学園の学園長であり、十三家が一つ、代々魔導学園の長を行ってきた家系アカデミア家の家長でもあります。
「そんな風に喜んでもらえるのはこの学び舎の長として光栄なことで、君たちのその気持ちを否定するつもりはもちろんない。ないのだけれど。けれどだ、諸君。月並みな言い回しになってしまうが、入学とはゴールではなくスタートである。そして同時に卒業もまた通過点に過ぎない。」
時間の節約が尊ばれる現代の流行に合わせたのか、ロウグエナの入学式はとてもスムーズでした。地図情報や連絡網の入ったいくつかの物品や今後の学園生活に向けてのパンフレットを手渡されるだけ。来賓を呼ぶということも一切ありません。
「この学院を卒業できれば一流の魔導師になれる、世間では言われているそうだ。確かにそれは否定しない。有名企業への就職、独立した魔導師として生計を立てる、プロ決闘チームからのスカウトだってあるかもしれん。そういう意味で、あー……このような言い回しは本来好むべきものではないのだが、あえて俗的に言えば所謂エリート組になれるのは事実ではあるだろう。」
なんだか少し寂しいですわね、なんて他の皆さんとも話していたのですけれど、後で聞いた話によるとロウグエナの入学式は昔からこうであるのだとか。正確には入学式という形ではなく入学手続きの場における魔導契約こそが本旨で伝統なのだそうです。そういえば確かに教員の方々数人に見守られながら書類を提出した覚えがありました。……特に何か言われた覚えはありませんが。
「けれど魔導の世界において一流、などという称号は通過点―――いや吹けば飛んでしまうような存在でしかない。寿命という枷を外す者、死者を蘇生する奇跡を行える者、単独で一国の軍隊さえ打倒する者。魔導という技術はそれらを可能にし、その深淵はどこまでも深い。」
だからこの、遠い世界の話にしか聞こえないような学園長先生の挨拶も、魔導学園としての入学の主ではなく、今聞かずともあとで録音・録画しておいたものを再生してもいいし、興味がなければ別に聞かなくてもよい、とされています。
「我々が君たちに教えたいのは、ただの一流の魔導師になる方法ではなく、魔導の深淵へと潜る方法。あるいはその深淵を見つけ出す術。魔力を用いてあらゆることを可能にするこの技術の大海を、我々は君たちにも共に泳いでほしいんだ。」
にも拘わらず私が大人しくリアルタイムで学園長先生の挨拶を聞いているのは、礼儀作法の問題であるとか学園長先生の話をきちんと聞きたいとかではなくて、きっと判断する勇気がなかったからなのでしょう。挨拶が行われると聞いて、ただ流されるようにそれをこの場――パンフレットや支給品を受け取った後で近場にあったそれなりの大きさのカフェ――でぼんやりと聞いているだけなのですから。
「だから私たちが君たちに願うのは歩みを止めないこと。才に溺れ、できるからと進歩を止めないでほしい。」
けれど私はすっかり失念していましたが、私の決定には追従する者が多くいるのです。コーアやリルカならともかく、それ以外の将来有望な方々の時間を私の、決断したわけでもないぼんやりとした一存で決めてしまったことにじくじくと胸の奥が鈍い痛みを訴え始めます。
「才能がないからと壁を越える努力を放棄しないでほしい。歩み続ければ道は必ず開ける、だなんて無責任なことは言えないけれど、それでも歩みさえしなければ扉が開くことはないのだから。」
「っ――――――――――。」
そうして心に影が差した瞬間に、聞こえた音声が私の胸に突き刺さりました。
えぇ、えぇ、そうなのです。私は歩みを止めてしまった。勝てないからと諦めて、その場に蹲ってしまった。時間が経った今でさえ、彼女に、彼女たちに、私が勝つことなんてできないと、心の底から思ってしまっているのです。
だというのに、だというのに、この場は、学び舎という環境は、私に前へ進むことを求めます。それは当然のこと、当たり前のこと、だって学園とはそういう場所であるのだから。ああ、そうですわ、そうなのです、私は、だから、こんなところになんて来たくはなかっ―――――――
「――――挨拶は以上のようでございますね。」
私の近くで聞こえた声が私の意識を深く沈んでいく思考の海から引き上げる。薄く笑うコーアの表情は、私の考えていたことなんて何も知らないかのように、ただこの次をどうするかを決めるように促してきます。
「え、えぇ、そのようでございますわね。」
私は鬱屈した思考から戻りたてであまり動いていない頭を懸命に動かしながら、全員の飲み物を確認いたしました。全員飲み物を飲み終わっている、ということならここで席を立っても問題ないですわよね?これから寮へ行って生活の準備をしないといけませんし。
「お嬢様のチョコレートオレまだ残っていらっしゃいますよ?」
そう思い、皆に声を掛けようとしたところにコーアの声。手元へと下がる視線。なるほど、確かに。
出鼻をくじかれたような何とも言えない気分で私は私の注文した飲み物のストローへと口を付けました。……気分はほろ苦いのに口の中はとても甘いですわね。
「さて、皆さん。そろそろ私たちの寮の方へ向かおうと思うのですけれどよろしいかしら?」
飲み終えた半透明の容器をチラと確認しつつ、私は私の取り巻きの皆さん――こういう言い方をすると私よりも何倍も優秀な彼らが私の添え物のようで違和感がひどいのですが、そう言うしかないので仕方ありません―――へと声を掛けました。
大丈夫ですわ、問題ありません、大丈夫っす。お気遣いありがとうございますなどという声がちらほら上がり、全員の意思を確認したところで私は立ち上がりました。……しかしこうも多いと見落としたり聞き逃しそうで怖いですわね。
私が立ち上がったところで、すでに支払いを終えたコーアが――奢らせたわけではなく私のカードやらを預けているのです――カフェの外へと通じる扉を開いてくれました。それにほんの少しだけ感謝を込めて微笑んで、そのままそそくさと道路へと歩を進めました。これだけ多いと立ち止まったら混雑しますからね。
「…………あのコーア?」
「あ、いえこちらは私ではなく――――」
「お嬢様、御乗り物の手配完了しております。こちらへどうぞ。」
目の前に鎮座するのは、えっと、二階建てバスというのでしたか?縦長の長方形に車輪が前に二つ、後ろに四つ付いた大きな乗り物で、各階層の上半分はガラス張りで中が透けるようになっています。
ま、まあバスという移動手段を選択することは分からない話ではありません。なにせ十五人という大所帯です。リムジン車でも少し定員オーバーですし、別の乗り物を用意することも一つの手でしょう。……私は別に徒歩でもよかったのですけれどね。
ですからこのバスの問題点はそこではなく―――――
「なんでこのバス金色なの?」
「光がとてもよく反射していますわね。」
「しかも広告入りっすよ。」
「ふっ、お嬢様の髪色をイメージした美しき黄金色。そこに我らがデビライズ家の事業の中でもお嬢様が筆頭株主を務めていらっしゃる会社の宣伝。完璧でございます。」
自信満々に誇らしげな顔を浮かべるメイ、メイ・エナ・ナ・フェルメリア。彼女は代々私の母の実家―――十三貴族であるストフェルノに仕えていた下級貴族の娘で、母がデビライズ家に嫁いできた際に一緒に彼女の母も使用人として我がデビライズ家へとやってきました。(正確には彼女の本家自体はまだストフェルノの方にあるそうです。)
その関係で幼少期の私の傍仕えのメイドをやっていた子で、とても真面目な子なのですけれど、時々今のようにポカをする子でもあります。……今では私付きという訳でもないのにこうして気を遣ってくれるのは嬉しくはあるのですけれど、さすがにこんな目立つバスで移動すれば次明日からの学園生活がとても心配になってしまいます。
「すみません、お嬢様。用意なさるとは聞いてたのですけれどこういうタイプの車だとは……」
「……これ色だけでも変えられます?」
「お任せください。こんなこともあろうかとペンキ魔法並びに速乾魔法は修得済みでございます。」
「この状況にはありがたいですけれど、それは才能の無駄遣いなのではないかしら……?」
コーアの手によって瞬く間に変えられていくバスの色。太陽の光をこれでもかと反射していた金色は金色だったはずのへと紺へと変わる。ついでに透明だったガラスもまた、黒みがかった半透明へと代わり内部の様子が見えづらくなりました。
これならまあ多少は目立つもののギリギリ許容範囲内、かしら?でも広告も消してもらっても―――えっ、メイの方でどういう連絡をしたか問い合わせしなおさないと消せない?……ああ、うん、それはそうですわね。広告代わりに何かしてもらった可能性もありますし。
「あーーーー!!!???コーアァ!!??な、なぜ色を変えちゃうんですか!?せっかく綺麗な金色だったのに!?」
「お嬢様が望まれたましたので。」
「そんなっ、本当ですかお嬢様!?」
「うっ……」
そんな捨てられた子犬のような目で見ないでくださらない!?い、いくら私にだって世間体というものはありますし、何より他の皆さんを巻き込むわけにはいかないでしょう!?
とはいえ気持ちを直接伝えてしまうとメイが落ち込んでしまうのも確か。なんとかオブラートに包んで伝えたいところですが、なんと言ったものでしょう。露骨にしてしまうと逆にわざとらしくなってしまいますし……
「お分かりになりませんか?お嬢様の本物の金に比べて人工の金では明らかに劣る。真の黄金の前に鍍金を出したところでみすぼらしく見えるだけ。それよりはお嬢様の髪色活かす色合いの方が良い、と仰られたのです。」
「んんんっ!?」
ちょっ、ちょちょちょ!?私そんな自意識過剰ではありませんわよ!?なんですか本物の金って!?色に本物も何もありませんし、金属の金に近いという意味なら私の毛髪などよりも先ほどのバスの方がよっぽど金属色でしたけど!?
思わず抗議の声を上げそうになった私は、けれど自身の口元にそっと指を当てて「しー」とポーズをするコーアの姿を見てなんとか発言を堪えます。優秀な彼女が黙れと言うのですから、蒙昧な私は上手く行くことを願って黙り込むしかありません。けれどいくらなんでもこんな説明では――――
「くっ、確かにお嬢様の髪色を活かすのであれば金よりは暗い色の方が――――、そこまで予測してこの色のペンキ魔法を修得していたのですか、コーア・コトモア!!」
えっ、これで正解なんですの!?どうやら彼女の説得は有効だったようで、悔しそうにはすれども落ち込んだ様子はなく色合いの変更を受け入れるではありませんか。ですが――――
「―――な、納得いきませんわ!?まるで私が自意識過剰な奴みたいじゃないですの!?」
「いいじゃないですか、お嬢様の容姿が優れているのは事実なんですし。」
「――誰が容姿と実家以外取り柄がないポンコツお嬢様ですって!!??」
「別に何も言ってませんよ……?」
言ってなくても思ってるでしょう!?あとメイ、あなたはあなたで何で普通に皆様をご案内して差し上げてるのかしら!?本当にあの説明で納得したんですの!?あなたの中で私、そんなに自信満々でして!?
「あ~……ええっと、ドンマイ、です?」
気を遣ってくださってありがとうございます!でも気にせず乗ってくださって構いませんわよ!
心配したのか声を掛けに来てくれたウィンさん、取り巻きの一方に顔を取り繕いながら――取り繕えているはず、です、多分――バスへと乗り込み、適当に前の方の席へと座ります。……あ、この椅子かなり上物ですわね。大分ふかふかですわ。私が普段使ってるベッドみたい。
「そういえばバスの運転手の方はいらっしゃるんすかね?」
「いやこのバス自動運転みたいだね、さすが天下のデビライズ家。」
「えぇ、デビライズ家は最近公共交通機関にも参入しましたもの!中でもバス事業とタクシー事業、はヒルベリュカ様が筆頭株主になられてから業績が鰻上り!自動運転技術や転移回収技術の導入にも積極的だとか!さすがはヒルベリュカ様ですわ!!」
えっ、そうなんですの?初めて知りましたわ。