第一話 学園に行きたくないですわ!!!
三話までは書き溜め分となります。
四話以降は出来次第投稿します。
「学園に行きたくないですわ!!!」
私の心からの気持ちを込めた一声は、けれど傍らにいる私よりも大分生意気な胸部装甲を持ったメイドに呆れを含んだ半眼を向けられるという結果だけに終わる。
「学園に行きたくないですわ!!!!!!」
「いや聞こえてなかったわけじゃないですよ。」
水色の髪を左右に揺らし大袈裟に溜息を吐く私のメイド、コーア。仮にもメイドとは主に仕える存在であり、特に彼女には普通のメイドよりも多くの金銭を渡しているというのにこの小馬鹿にしたような呆れ顔。
このメイドは確かに家事は上手いですし、丁寧に色々な準備はしてくれますし、魔法にしろそれ以外にしろ優秀で容姿も少し嫉妬する程度には端麗とスペックだけを見たら百点満点なのですけれど、ちょっと主に対する尊敬の念が足りてない気がします。
「そこのところどう思います?金額に見合うだけのよいしょを要求してもいいと思うのですが。」
「多額のお金を支払って態々阿諛追従の輩を側付きに為されたいと?正直理解に苦しみますが、ふふっ、本当にお嬢様がそれをお望みなら検討いたしましょうか?」
「そこまで言ってないでしょう!?私が言っているのはそういうことではなく、あなたの態度ですわ、態度!!もう少し色々、こう、あるでしょう!?キャーお嬢様素敵ーとか!!」
「それ本当に僕から言われたいんです?それに態度、と仰られましても――――」
そこで彼女がちらりと視線を周囲――車内に向け、分かるだろうと言いたげに私に戻しました。
「―――――学園行きの列車に乗り込んでから今更行きたくないとか言います?」
「ぬっ……ぐっ……」
確かにそうです。私はもうロウグエナ魔導学園行きの列車に乗っていますし、何なら知らない方々と席を一緒にするのはごめんですわ、と一車両丸々貸切るように命じてもいます。お母様の墓前に出立の挨拶もしましたし、お父様やカーリャちゃん―――妹に土産話を楽しみにするように言ったりもしました。
けれど、けれどですわよ?
「あなたに同い年の妾の娘に才能で大差を付けられてる本妻の娘の気持ちが分かりまして!!!???」
そう、私にはどうしても意識せざるを得なかっ―――得ない人物がいます。スェマ・ローグ・ナ・デビライズ、由緒正しき魔導貴族たる我がデビライズ家の、けれどお父様が他所に作った妾の娘。だというのに実力で私から跡継ぎの座を奪い取りつつある忌々しい女。
「どう考えても比較されますわよ!!比較されますわよね!!??それでまた陰で「やれ血筋だけ」だの「デビライズ家の出来損ない」だの言われるんですわー!!」
「どうどう……落ち着いてくださいませ、お嬢様。」
「暴れペガサスか何かのように言わないでくださる!?」
ロウグエナ魔導学園は世界最高の魔法教育機関であり、そして世界最古の国家でもあります。民主化の流れで政治的な権力を引き渡し、ロウグエナ民主国とロウグエナ魔導学園は別の運営になったとはいえ、その始祖足る十三家の名は国内外の魔導貴族――魔導の名家を見渡しても別格です。
「そもそもあんの頭のおかしいチート魔法剣士に魔導決闘で勝てとか無茶にもほどがありますわ!!陰口叩いてる連中だってほとんどが倒されるでしょう!?」
ゆえにこそその魔導貴族が重視される者は魔導師としての実力。戦争も終わりを迎え、ダンジョンの出現条件も解明された現代においてそれは即ち魔導決闘の実力に他なりません。そしてにっくきスェマという女は魔導決闘の(おそらくは決闘に寄らない魔法という学問全般に対しても)天才と表現する以外にない才覚の持ち主だったのです。
あちら側は出生の日時さえあやふやというひどい有様の環境であったがゆえに、どちらが姉かさえ分からぬ始末で、どちらが長子とも言い切れず対抗心を燃やしていた私は2年前に勝利を諦めるまでは何度なく魔導決闘で彼女と戦いました。
いえ戦ったというのは確かな表現ではないかもしれません。通算98戦98敗、私は彼女の足元に及ぶことすらなかったのですから。
無論努力はしました、呼べる限りの家庭教師を用意し、一日も欠かさず修練に励み、超が付く高級品の魔道具もいくつも使用し、部下を使って情報収集や妨害工作だって行ったこともあります。
けれどその無駄な足搔きの結果得たものは、才無き者が才ある者と戦うなんて無駄な徒労でしかないという気づきだけでした。
「僕も何度か試合映像を拝見させていただきましたけど、スェマ様は本当にお強いですからね。ともすれば学園の下位教師陣相手なら勝利できるやもしれません。」
「そうでしょう、そうでしょう!ならそれと比較される苦しみはお分かりになりますわよね!?やっぱり今からでも汽車を降りて――――」
「いえ、それはダメですが。」
「どうしてですのぉ!?」
座っていた席を立ちあがったところをコーアによって腕を掴まれる。身体強化の魔法を使わなければ、非常に貧弱な私の身体はそれだけで進もうとした運動を無へと返されて……戻されすぎた私がそのまま体勢を崩しそうに。けれど分かっていたというようにコーアがそっと風の魔法で受け止める。嫌味ですの?私はそんな素早く繊細な魔法の使い方できませんのに。
「どうしても何も今からデビライズ家の令嬢が魔導学園に行かないなんて言ったらもう大騒ぎになりますよ?」
「う゛っ。」
「それに行くのを取りやめたところでその後どうするんです?家を出奔するとでも?」
「う゛っ。」
「比較されて陰口を言われていたのが今度は比較されずに陰口を言われるようになるでしょうねぇ。」
「ぬぐぐ……」
「カーリャ様や今からお会いになるお嬢様を頼りになられてきた同期生の方々も途方に暮れてしまうでしょうね。」
「むぎゅぅ!?」
「…………まだ説明が必要で?」
「結構よ!!!」
まあ実のところ、私も分かっていました。分かっていましたの。駄目だと分かっていたのですけれど、それでも逃げ出したかったのですわ。
2年前、私の心は折れました。スェマには勝てないと、今までもこれからも私があの女に叶うことなどありはしないと、心の底から認めてしまったのです。
あの女が才能を鼻に掛けるだけの輩なら隙を突き、資本力や妨害で一度くらいは勝ちを拾えたのかもしれません。私があの女に勝らずともそれなり以上に優秀であれば、魔導決闘に不慣れな最初の一戦でなら勝てたかもしれません。
けれど実際にはあの女は努力する天才で、私は彼女と比較せずとも出来損ないでした。才能で圧倒的に負け、そしてきっと私が必死に紡いだ量の努力を、いやそれ以上の量を彼女は当然のように蓄積していったのでしょう。
私は何をどうやろうが、どんなに何かをしようが、彼女には勝てない。それに気づいてしまったから、私は逃げ出したのです。修練をやめ、定期的に行っていた彼女との魔導決闘をやめ、貴族としての社交界へ赴くことすらほとんどやめてしまったのです。
なのに今更もう一度、なんて言われてもどうしようもありません。心はとっくの昔に折れています。私の眼はもう前ではなく後ろを見ているのです。彼女は私にとってのトラウマ。絶対に越えることができない絶望的な壁。それに……
「それに私の合格通知はCランク合格!!あの女のAAAと比較するまでもなく魔導貴族としてズタボロですもの!!行きたくなくなるのも当然のことだと思いません!?」
「もしかしてそっちがメインですか、行きたくなかった理由!?」
ロウグエナ魔導学園の授業形式は初等学校のようなクラス制ではありません。学園において教員の地位を認められた教師陣が開講する授業の中から自らが受けたいと思うものを選択する形式です。「自由に学びたいことをどこまでも」、それがロウグエナ魔導学園の掲げる教育理念なのです。
とはいえ実際のところ、何の蓄積のない人物に高度な教育を施しても仕方がありませんし、加減の分からない相手にいきなり強大な魔法を行使させれば事故の元。ゆえに学園側でもある程度受けられる授業を制限する。それが入学時や実績・昇格試験によって決められるランク制度です。
そしてAAAとは前提授業を受けなければいけないなど教諭自身で設定した条件を除き、ほぼ全ての授業をいきなり受けられる最上級の階級である。ゆえに彼女は入学段階で生徒中最高峰の実力を持っているということであり――――――
「というかお嬢様、B合格するって仰ってませんでしたか?」
「ぎくぅ!?」
対してCランクは合格等級としては結構低い等級になります。Eランクが受験としては不合格で、実際の資格としては体験入学者や外部見学者に渡される等級。Dランクが現段階では合格水準を満たしていないものの将来性ありと判断され渡される等級。Dランク合格は補欠合格、あるいは一芸合格なんて言われ方をすることもあります。
Cランクはその一つ上、一般合格者の下位グループが位置する等級になります。ロウグエナ魔導学園が世界最高の魔導学園と言われるだけあって、C合格でも受験人数を見ればそれなりに優秀な部類にはなるでしょう。
ですが私はこの国の十三貴族に名を連ねる身。十三貴族どころか、そこに名を連ねない魔導貴族であったとしてもBランク合格できなければ落ちこぼれ、というのが通説です。
何故なら魔導貴族とは代々魔導のノウハウを受け継ぎ、研鑽を積むのが家業。当然のように幼少期から魔導の教えを受け、それに習熟します。ゆえにCランクの内容―――魔導の基礎分野は入学適齢期の段階できちんと修めていて当然と考えられるのです。
無論私だって幼少期から魔導師としての教育を受けてきた身。だというのにそこに躓くというのははっきり言って非常に情けない結果と言わざるを得ません。
「……だから一年前から受験勉強しましょうって言ったんですよ?」
「し、四捨五入!四捨五入すれば一年前には始めてました!始めてましたわよ!?」
「四捨五入じゃダメだったからこうなってるんですよ?」
「そ、そこをなんとか!!」
「いやなんとかって。僕にお願いしてどうするんですか。……せめて受験始まる前に言ってください。終わってから言われてもどうにもできませんよ。」
「うぅぅぅ……」
これからの暗澹たる未来に思いを馳せて、がっくりと落ちる両の肩。せめて魔導決闘の実技試験であの憎き試験用マジックドールを倒せていれば、と思いはするものの心の中で「そういう時に勝てないから私は私なのよ」と自嘲する声が響く。
あるいはスェマに勝利することを諦めてからも研鑽を続けていれば、なんて考えも浮かびますが、しかしそれこそありえません。私は所詮出来損ない、何事がなくとも努力を続けられるだけの精神力なんて持っていないのですから。
「はぁ……。ぜぇ~~ったい学園に行ったら馬鹿にされますわ。でも学園から逃げるわけにもいかない、と。ひどい世の中ですわね。」
「あはは、まあまあ。大丈夫ですって、なんとかなりますよ、きっと。」
「他人事だと思って……そう言えば、コーア。あなたの合格はどうでしたの?」
「ああ、僕はAランク合格を頂きました。受けたい講座の受講条件がAランクからでしたから。」
そういう時は嘘でもCランクだったと気を遣いなさいな!!!
「そんなすぐバレる嘘吐いてどうするんですか。」
だまらっしゃい!だとしてもタイミングというものがありましてよ!あとさらっと人の心を読むんじゃないですわ!
なんやかんやで小説もまた書きたいなーと再チャレンジするの図。