6.事実による証明
ふわりと広がったカーテンがゆっくりとしぼむ。
真夜は目を見開いたままその場に立ち尽くしていた。
一哉は窓枠に飛び付きよじ登り始める。
数秒経って、真夜はようやく何が起こったのか理解したらしくおろおろと動き始めた。どうしようどうしようと言うようにきょろきょろと周囲を見回し身を捻る。そして窓を這い上がってくる一哉に向かって言う。
「ダメっ、ダメだから、入って来ないで、お願いだからっ」
大声を出されたらそこで終わりだった。しかし真夜は小声で言葉を投げかけてくるだけで、それ以上は何もしてこない。押し出そうともしてこない。それどころか後ずさって窓から離れようとさえしている。
本当に触ったら死んでしまうと思っているんだ。
そんな真夜の様子を見ると、胸にムカムカしたものが込み上げてくる。真夜をこんな風にした真夜の家族に怒りさえ湧いてくる。くそぉ……。
けれど、今の一哉にとってはそれも好都合だった。
一哉は窓枠の上に肘を乗せ、腕の力で上半身を持ち上げ、片足を窓枠の上に乗せると残ったもう片方の足を一気に引き上げる。さすがに窓枠の上でバランスをとるのは難しく、一哉はドスンッと窓枠から落ちるようにして小さな家の中へと転がり込んだ。
一哉はゆっくりとした動き手立ち上がる。
そして真夜と向き合って立った。
一哉はゆっくりとした動きで真夜へと向けて一歩を踏み出す。
真夜は一歩後ずさって一哉との距離を空ける。
「嫌、ダメ、本当に危険だから、危ないから、お願いだから近付かないでっ、こっちに来ないでっ」
一哉はそれでもゆっくりとした足取りで真夜へと近付く。
真夜は震えながらも後ずさり続ける。
「嫌……、嫌……」
一哉はなおも進み、真夜はなおも後ずさる。
しかしここは小さな家の中。どれほども進まないうちに真夜の背中が部屋の壁にぶち当たった。
「ひ!?」
真夜は小さな悲鳴を上げた。
一哉はさらに一歩真夜へと近付く。
真夜は壁に背中を預けたまま今度は横へ横へと逃げ続ける。棚の上の小物を落し、足元に置いてあった荷物で転びそうになりながらも、なりふり構わず壁に沿って逃げる。
「嫌、来ないで、お願いだから来ないでっ」
部屋の出入口の方に行かせてはいけない。
一哉はそれだけを注意して回り込むようにして真夜へと近付き続ける。
そしてとうとう真夜は部屋の角へと行き当たった。
一哉はそんな真夜の真正面に立ち塞がった。
もう右にも左にも逃げ道は無い。真夜はそう判断したのだろう、とうとうその場にへたり込んだ。
それでも、なおも少しでも一哉から遠ざかろうとしているのか、両膝を抱え込み、頭を膝の間にうずめ、身を丸めて震えた。
「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ……」
一哉もまた、そんな真夜の前でしゃがみ込む。
そして真夜へと手を伸ばすと、そっと真夜の頭に触れた。
「ほら、やっぱり何ともない。死んだりなんかしないじゃないか」
真夜は恐る恐る顔を上げる。
自分の頭へと延びる一哉の腕を見て、不思議そうな顔をしておずおずと聞いてくる。
「平気……なの?」
「もちろん。見ての通りぴんぴんしてるよ。殺せるもんなら殺してみろっていうんだ」
一哉は触っていることがはっきり分かるよう、あえて強めにくしゃくしゃと真夜の頭を撫で回した。
真夜はくすぐったそうに首をすくめる。
真夜の整っていた髪がボサボサになってしまったが、この際それは仕方がない。
一哉は笑みを浮かべて言う。
「触ったくらいで人が死んだりなんかするもんか。全部嘘だったんだよ。真夜が外に出ないよう、家の人が嘘を吐いたんだ。その証拠に、ほら、俺は何ともないだろう?」
一哉は真夜の頭から手を放すと、すくっと立ち上がる。
そして真夜へと向けて手を差し出す。
「さあ、立って」
真夜は差し出された一哉の手を前に掴んでよいのか戸惑う。
しかし一哉は待ちきれず真夜の手を掴むと、強引に引っ張り上げた。
「よっと」
「きゃっ」
真夜は足に上手く力が入らなかったのか少しよろけたが、転ぶことなく何とかその場で立ってくれた。
一哉は真夜に向かって言う。
「行こう、外には楽しいことがたくさん待ってる」
真夜は戸惑った表情を見せていたが、すぐに満面に笑みを浮かべて、
「うんっ」
大きく頷いた。