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5.計画の実行

 一哉は懐中電灯の明かりを頼りに小道を進む。

 周囲は真っ暗。懐中電灯の明かりだけが足元の地面を円く照らしている。


「そろそろかな」


 一哉は懐中電灯の明かりを切る。

 途端に周囲は真っ暗になった。

 すると今まで見えなかった木々の向こうから差すわずかな光が見えてくる。一哉はその光を目印にして小道を進んだ。


 そして館を取り囲む鉄柵の前に出た。



 一哉は鉄柵越しに館を見る。

 母屋の幾つかの部屋に明かりが点いている。姿こそ見えないがあそこに真夜の家族がいるのだろう。

 少し離れた場所に建つ小さな家にも明かりが点いている。真夜もまた今もあの小さな家の中にいるのだろう。


 一哉は鉄柵に沿って草むらの中を進んだ。目指すはいつもの鉄柵と山の斜面とが交差する場所だ。周囲は真っ暗だがこれまで何度も通ったお陰で明かりが無くてもなんとなく分かる。

 そして目的の場所に着くと、いつも通り山の斜面を利用して鉄柵を乗り越え、館の敷地内に忍び込んだ。



 一哉は草むらの中を進み、草むらが終わる手前でいったん足を止めた。

 周囲の様子を確認する。


 周囲はしんと静まり返っている。今のところ気付かれた様子は無い。


 一哉は草むらから飛び出すと、できる限り音を立てないよう注意しながら小さな家の窓辺を目指して走った。

 そして窓の下に辿り着く。

 壁に背中をぴったりとつけて立つ。


「ふう……」


 一哉は頬を伝う汗を腕で拭った。

 ここまでは完璧だ。何ひとつミスはしていない。誰にも気付かれていない。


 ごくりと息を呑む。


 問題はここからだ。ここからこそが本番だ。ここからはイチかバチかの賭けになる。もしかしたら真夜に嫌われるかもしれない。もしかしたら本当に二度と会ってくれなくなるかもしれない。一哉の心に不安がよぎる。


 それでも最悪の事態になるよりはマシだ。やらないで後悔するよりも何十倍もましだ。

 一哉は自分にそう言い聞かせる。


 大きく深呼吸をひとつ、握り締めた拳に力を込め、下っ腹に力を込める。

「よしっ」

 一哉は窓手と手を伸ばし、窓ガラスをノックした。


 コンコンコンッ、コンコンコンッ、


 一哉は中にいるであろう真夜に向けて小声で呼び掛ける。

「真夜っ、真夜っ、最後のお別れを言いに来たんだ。窓を開けてくれよ、真夜っ」

 耳を澄まして中からの反応を待つ。

 しかし家の中からは何の反応も無い。いつまで経っても静まり返ったままだった。


 明かりは点いているんだ、いないなんてことはない筈だ。もしかしたら聞こえなかったのだろうか。それとも気付かなかったのだろうか。こんな時間に来たのは初めてだからその可能性もあるだろう。


 一哉はもう一度、今度は先ほどよりも少し強めに窓ガラスを叩いた。


 コンコンコンッ、コンコンコンッ、


「真夜っ、真夜っ、俺だっ、お願いだ、窓を開けてくれよっ、挨拶をしに来ただけなんだ、頼むよっ」


 しかしやはり何の反応も無い。

 これだけ強く窓を叩いているんだ、聞こえないなんてことは無い筈だ。

 もう一度窓ガラスを叩く。もう一度呼び掛ける。


「真夜、窓を開けてくれよっ、真夜っ」


 一哉は強く願う。

 お願いだ。出てきてくれ。窓を開けてくれ、真夜。

 何度か繰り返し、

 やっぱりダメなのか。諦めるしかないのか……。

 そう思いかけた時だった。


 家の奥でガタガタという椅子の足が床を擦る音が聞こえた。続いてト、ト、ト、とゆっくりと窓の方へと近付いてくる足音が聞こえた。そしてカーテンがゆっくりと開かれ、その隙間に真夜が姿を現した。

 真夜は眉を八の字にして、悲しそうな困ったような、何ともいえない顔をしていた。


 一哉は真夜に向けて自分だと言うように軽く手を振り、小声で言う。

「昼間は急だったからさ、ちゃんとお別れも言えなかっただろう? だからさ、ちゃんと最後のお別れを言いに来たんだ。なぁ、真夜、窓を開けてくれよ。それくらいなら別にいいだろう?」


 真夜は視線を泳がせる。

 少しして真夜は窓の鍵を外すと、いつも通り少しだけ窓を開けてくれた。


「もうここには来ないでって言ったのに……」


 そんな真夜の言葉など無視して、一哉は深く俯くと呟いた。

「……ごめん」


 一哉は少しだけ開かれた窓に手を伸ばし、指を掛ける。


 そして、窓を一気に全開まで開け放つ。


「!?」

 真夜は何が起こったのか理解できず、その動きを止めた。


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