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3.閉ざされる窓

 一哉は時間を潰すために町の中を当てもなく歩く。


 とりあえず道沿いにあったコンビニに入って本を立ち読みして時間を潰した。

 次に近くの家電量販店に入って並べられた電化製品を適当に見て回って時間を潰した。

 そして店を出ると、再び町の中を当てもなくぶらぶらと歩いた。


 一哉は自宅の近くにある公園へと訪れた。


 木陰のベンチに腰を下ろして時間が過ぎ去るのを待つ。


 時間がゆっくりと過ぎ去っていく。

 公園の中を行く人の姿は無い。太陽の日差しがじりじりと地面を焼き、周囲ではセミの鳴き声が響き渡る。汗が頬を伝い顎の下で雫となってぽたりと落ちた。


「……暑い」


 いつもは時間などあっと言う間に過ぎ去っていうのに、こういう時に限ってなかなか過ぎ去ってくれない。もどかしさすら感じる。


 一哉はジッと時間が過ぎ去るのを待ち続けた。



 いったいどれ程の時間がたっただろう……、

 近くで蝉がジジッと一際大きく鳴いて飛び立った。


 一哉はふと公園に設けられた時計に目を向けた。


 ここに来た時間は覚えていない。けれどあれからもう1時間くらいは経ったんじゃないだろうか。

「そろそろ、いいかな」

 さすがにこれだけ時間がたてばもうあの住人もいないだろう。

「よっと」

 一哉はベンチから立ち上がる。


 そして公園を出た。




 一哉は真夜がいる小さな家を目指して町の中を進む。


 その道の途中、ふと道の片隅に置かれた自動販売機が目に入った。


 一哉はふむと考え、よしと思う。


 一哉は自動販売機の前へと向かう。

 自動販売機にお金を投入して缶ジュースを2本買った。

 それをポケットに入れると、一哉は再び真夜がいる小さな家を目指した。



        ◇



 一哉は鉄柵を乗り越えると再び館の敷地内へと忍び込む。


 草むらの中でいったん立ち止まり、周囲を確認する。

 よし、もうあの住人はいないな……。

 一哉は草むらから抜け出るといつもの小さな家の窓辺へと向かって走った。


 一哉は窓の下へと辿り着く。そして壁を背にしてへばりつくようにして立った。

 草むらからこの窓辺までは母屋から丸見えだが、背中を壁に預けてしまえばもう母屋からは死角になって見えない。これでもう安心だ。今度は気付かれないように気を付けないと。


 一哉は窓へと手を伸ばし、窓ガラスをノックする。


 コンコンコンッ、コンコンコンッ、


「真夜っ、俺だ、戻ってきた、開けてくれよっ」


 家の奥からガタガタッと椅子を引く音が聞こえ、続いてトットットッという窓へと近付いてくる足音が聞こえた。

 カーテンが開かれ、窓ガラスの向こう側に真夜が現れる。

 真夜は窓の鍵を外し少しだけ窓を開け、いつも通り窓の隙間から顔を覗かせた。


「大丈夫? 家の人に怒られたりしなかった?」

「――うん、大丈夫。平気」


 真夜は微笑んでこそいるが、その声のトーンはいつもより低かった。明らかに元気が無い。全然大丈夫そうではない。きっと家の人からかなりきつく怒られたのだろう。

 一哉の頭にあの怒鳴り声を上げる住人の姿が思い浮かんだ。


 くそぉ、あの石頭め。


 胸にムカムカしたものが込み上げ、一哉は拳を震わせ奥歯に力を込める。


 同時にこれを買ってきて正解だったと思う。

 一哉はポケットから道の途中で買ってきた缶ジュースを取り出すと、そのうちの1本を窓の隙間へと差し入れた。


「ほら、これ、あげるよ。ここに来る途中で買ってきたんだ」

「え、いいの? ありがとう」


 真夜は缶ジュースを受け取ろうと手を伸ばした。

 しかしその指が缶ジュースに触れる直前、真夜はハッとなって動きを止めた。

 真夜は慌ててその手を引っ込めるとおろおろし始める。そして遂には俯いて両手を胸の前でぎゅっと握りしめたまま動かなくなった。


 一哉は缶ジュースを差し出したまま真夜が受け取ってくれるのを待ち続けた。

 しかしいつまでたって真夜は受け取ってくれない。


 一哉の腕が次第に辛くなってくる。



 一哉は仕方が無く缶ジュースを窓枠の上に置いて手を引っ込めた。


 真夜は一哉の手が完全に遠ざかるのを確認してから、缶ジュースに手を伸ばすと、ようやく手に取った。

 そして両手で包み込むようにして持つ。

「ありがとう」

 真夜は笑みを浮かべた。


 一哉は真夜が先程とは違う柔らかな笑みを浮かべたのを見てホッと安堵した。

 よかったと心のどこかで思う。



 一哉は壁にドンと背中を預けると、缶ジュースの飲み口をプシュッと開け、中身を半分ほど一気に飲み干した。


「ぷは――っ」


 一哉は苦々しそうな顔をして言う。

「ったく、いったい何なんだよアイツは、何もあそこまで怒ることないじゃないか。子供同士でちょっと話をしているだけなのにさぁ、別に何か悪いことをしているって訳じゃないのに、いちいち怒るなっつーの。大人なら少しは目を瞑れってくれたっていいじゃねーかよ。それが大人ってもんだろうがよぉ」


 思い出すだけでイライラが増してくる。


「なぁ、真夜もそう思うだろう?」

「…………」


 真夜からの返事が無かった。


「?」


 一哉は真夜の方へと目を向ける。

 真夜は受け取った筈の缶ジュースを飲むでもなく、ただじっと見つめていた。それどころか思いつめたような、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 一哉はそんな真夜を見て不安を感じた。だからもう一度呼び掛ける。


「真夜? 本当に大丈夫?」


 真夜は力の無い口調で話し始める。

「……ねぇ、一哉君。以前から話しているとおり、私には触った相手を死なせてしまう力があるの」

「うん、知ってる」

「その力はとても危険なの。下手をすれば一哉君を死なせてしまうかもしれない。殺してしまうかもしれない」

 真夜は缶ジュースをぎゅっと握りしめる。

「私は一哉君を死なせたくない。一哉君には死んでほしくない。これからもずっと生きていて欲しい。だから……、だからもう二度とここには来ないで。もう私には関わらないで……。お願い」


 真夜は突然動き出したかと思うと少しだけ開いていた窓をぴしゃりと閉めた。


 一哉は真夜が突然何を言い出したのか理解できなかった。

 しかし直感的にまずいとは感じた。だから叫んだ。


「待ってくれ、待ってくれよ真夜っ!」


 真夜は一哉の呼びかけを無視して窓に鍵を掛けるとカーテンを引き窓を完全に閉ざした。

 真夜の姿が完全に見えなくなってしまった。

 一哉は窓に向かって叫ぶ。


「どういうことだよっ、訳分かんないよっ、ちゃんと説明してくれよっ真夜っ!」


 しかし窓はピクリとも動かない。


「なぁ、頼むから窓を開けてくれよっ、出てきてくれよっ、真夜っ!」

 一哉は窓に向かって叫び続ける。


 もう母屋まで声が響いたところで構うものか。今は真夜を呼び出すことの方が先決だ。

 声を張り上げて叫ぶ。


「真夜っ! 真夜っ!」


 しかし、いくら呼び掛けても、もう真夜は窓を開けてはくれなかった。



        ◇



 藤間夕輝は母屋の二階の窓辺に立っていた。ここからなら真夜がいる小さな家がよく見える。


 先程から子供の声がうるさいほどに響いている。

 夕輝は忌々しそうに顔を歪めて、真夜がいる小さな家をじっと見詰めていた。


 やがてしばらくして、子供の声が止んだ。その後、一人の子供が小さな家の奥に広がる草むらの中へと消えていく後ろ姿が見えた。


「ようやく行ったか、糞ガキが……」


 夕輝は窓辺から離れた。


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