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13.窓辺の椅子

 初老の男は落ち着いた口調で話し始めた。


「初めて会うな、少年。私の名前は緋野清治。真夜の父だ」


 こいつが、真夜の父親……。


「今回の件ではずいぶんと大変な思いをしたようだが……」

 清治は一哉の今はもう無い右腕へと目を向ける。

「一命は取り止めたようで何よりだ」

 一哉は右腕を見られているのを感じて、勝手に見るなと言うように身を捻って右腕を体の後ろに隠した。

 清治は鼻でフンッと笑った。


「片腕を失うに至ったのは、すべてお前自身の迂闊な行動による結果に他ならない。自業自得というものだ。だから謝罪はしない。自身の行いを深く反省し、罰だと思ってその不自由な生活を受け入れるがいい」


 無い筈の右腕がずきりと傷んだような、そんな気がした。

 一哉は沈黙したまま清治を睨み続ける。


「しかし、このまま何も分からないまま終わってしまってはお前も後味が悪いだろう。だから、少しだけ私達がいったい何者なのか教えてやろう」


 清治は傍らに広がる森の向こう、木々の先にわずかに見える町並みに目を向ける。


「私たち緋野の一族は死神の末裔なのだ。生まれつき死者の魂に触れる力があり、左右することができる。その力故に、緋野の一族は古来より弔いと鎮魂を生業としてきた」


 清治は悲しげな表情で視線を落とす。


「しかし真夜にはその力が強く発現しまったのだ。自分でも制御しきれないほどにな。そしてその強大な力故に、無意識のうちに肉体から魂を引き剥がしてしまうのだ。それはあたかも濡れた手で紙の束に触れるように……」


 清治は自分の掌を見る。


「力の影響を受けて、私の妻、陽子は真夜を出産後まもなく息を引き取った。そして私も、今となってはこの有り様だ。知識ある私達ですらこうなのだ、無関係な一般人などどひとたまりも無い」


 清治は一哉に視線を戻すと、再び真正面から一哉を見た。


「今回は朝霞と夕輝のお陰で片腕だけで済んだが、次はそうはいかない。今度真夜に触れたなら、その時は間違いなく死ぬことになるだろう」


 清治は真剣な眼差しで一哉を見詰めて言う。


「死にたくなければこれ以上真夜に関わるな。それはお前自身のためでもあり、真夜のためでもあるのだ。どうかこれ以上真夜に悲しい思いをさせないでやってくれ」


 念を込めて言う。


「頼む」



 少しの間。



 一哉はすうっと大きく息を吸い込む。

 そして言い放つ。


「なに訳の分かんないこと言ってるんだよ。意味分かんねーよ。死神だの、力だの、アニメやマンガの見過ぎなんじゃねーの? いい年して馬鹿なこと言ってるんじゃねーよ。それにアンタらが何者なんて、俺の知ったことかよ。そんなの関係ねーよっ!」


 清治は目を丸くした。


 そんな清治に向かって一哉は今は無き右腕を突き出す。


「それに、俺が右腕を失ったのは病気の所為だっ、勝手に真夜の所為にするんじゃねーよっ! そもそも、子供が友達のところに遊びに行って何が悪いんだよ。そんなの当然のことだろう? 大人が出しゃばってくるんじゃねーよっ。大人は遠くで眺めて、何かあった時だけ出てくればいいんだよ。それが大人ってもんだろう?」


 一哉は前へと向けて足を進める。


「俺はどんなに邪魔されても絶対に真夜のところに行くからな。止められるものなら止めてみろってんだ」


 一哉はあえてザッザッザッと大きな足音を立てて前へと進んだ。

 清治の乗る車椅子の横を通り過ぎ、前だけを見詰めて、道の先へと進み続けた。



 遠のいていく一哉の足音を背後に、清治は地面に視線を落とす。


 そして力なく呟く。


「友達……か」


 一息分の間。


 清治は顔を上げると車椅子の車輪のハンドルを回して一哉の方へと向いた。そして声を張り上げて言う。


「待ってくれ、少年」


 清治の言葉を受けて一哉は足を止めた。


 清治は一哉の背中に向かって言う。

「少年、君の名前を教えてはもらえないだろうか」

 一哉は振り返ることなく道の先を見詰めたままぶっきらぼうに答える。

「藤間一哉」

「では藤間君よ。君に真夜との安全な接し方を教えよう。真夜に触れてしまった時に備えて、正しい対処方法も教えよう。必要な道具も技法もすべて提供しよう」


 清治は車椅子を下り、よろけながらも二本の足で立つ。

 そして一哉に向かって深々と頭を下げた。


「どうか、真夜のことをよろしく頼む」


 一哉はにやりと笑みを浮かべた。

 そして清治の方へと振り返ると、力強く言い放つ。


「言われるまでもねーよっ!」



 そしてこの日、あの小さな家の窓辺に一哉用の椅子がひとつ、置かれた。



END

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