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10.今日の限界

 一哉は水の中をフワフワと漂っているような奇妙な感覚に包まれていた。

 生温かくて穏やかな流れに一哉は身を任せて漂い続ける。


 やがてゆっくりと意識が浮かび上がっていく。

 そして自ずと瞼が開く。


 一哉は意識を取り戻した。



 ぼやけた視界に広がる見慣れない天井。


 ここは……、いったいどこだろう……。


 体を動かそうとしたが力が入らず動かせなかった。目を動かすことさえできなかった。まるで首のところで体を動かすという神経だけを切断されたみたいだった。


 近くに誰かがいるのだろう、カチャカチャという物音が聞こえた。一人ではない。複数だ。


 誰だろう……、いったい何をしてるんだろう……。


 視界の外であるためそこにいるのが誰なのか、いったい何をしているのか、それらはまるで分らなかった。



 すると一人の人物が視界に入り込んで来て、顔を覗き込んできた。


「お、気が付いたか」


 その人物の顔には見覚えがあった。

 こいつは確か……、そう、真夜の兄だ。


 真夜の兄は一哉のおでこを指でピンと弾いて言う。

「お前の身に何かあったら真夜が悲しむからな。不本意だが助けてやるよ。感謝しろよ」

 それだけ言い放って真夜の兄は視界から引っ込んだ。



 続いて今度は別の人物が視界に入り込んできた。

 その人物にも見覚えがあった。今度は真夜の姉だ。


 真夜の姉は穏やかな口調で言う。

「大丈夫、必ず助けてみせます。だから今は私達に任せて、貴方は安心して眠っていなさい」


 真夜の姉は一哉の視界を掌で覆う。

 そしてその手をそっと動かすと瞼を閉じさせる。

「おやすみなさい」

 再び視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。



 こいつらはいったい何を言ってるんだろう……。

 こいつらはいったい俺の体に何をしてるんだろう……。

 そう思うも、それ以上頭が働かなかった。もう瞼を開けることさえできなかった。



 意識がまたも深い場所へと沈んでいく。

 ふうと息を吐き出すのに合わせて、一哉は再び意識を失った。



        ◇



「!?」


 ハッと目が覚め、一哉は慌てて体を起こした。

 そして周囲を見回した。


「ここは……」


 そこは近所の公園のベンチの上だった。


 周囲は暗く、しんと静まり返っている。公園の中には誰もいない。ただ街灯の明かりだけが公園の木々や遊具をぼんやりと照らしている。

 見れば、先ほどまで自分の頭があった場所にはリュックサックも置いてあった。


 どうして俺はこんな所で寝てたんだろう。

 頭が混乱しているのかすぐには思い出せなかった。


 学校で真夜の家族に追いつかれ、真夜が連れていかれたのは覚えている。自分も車のトランクに放り込まれてどこかに連れていかれたのは覚えている。

 その先は、その先は……


 ……思い出せなかった。


 いや、それよりも、

「そうだっ、真夜を取り戻さないとっ!」


 一哉はベンチから立ち上がろうとした。しかし、

「え!?」

 腰を浮かした瞬間、激しい眩暈に襲われた。地面が大きく傾いたような、体が一回転したような、ぐわんと揺れ動いた感じ。

 一哉は転びそうになり、慌ててその場にうずくまった。


 何だこれ? 何だこれ? 何だこれっ?


 手で頭を押えて戸惑う。

 生まれて初めて感じる体の異常だった。お腹の底がずんと重く、頭の奥が熱い。目がチカチカする。吐き気も込み上げてくる。殴られたり蹴られたりしたからそのダメージなのかもしれない。それとも色々あったから体が疲れ切っているのかもしれない。明確な理由は分からないが、たぶんきっとそんなところだろう。


 一哉はベンチに手をつきながら慎重な動きで立ち上がる。

 足が思い。関節に力が入らない。少しでも気を抜けば転んでしまいそうだ。


 一哉は考える。

 こんな状態で真夜のところに行って、真夜を助け出すことができるのか? もう一度真夜を外に連れ出すことができるのか? 助け出すことができるのか?


 結論は見えていた。


 一哉は顔をしかめる。

 無理だ。こんな状態じゃ何もできない。


 くそぉ……


 奥歯に力を込め、拳を震わせる。


 ……ごめん、真夜。




 一哉は仕方がなく家に帰ることにした。


 電柱や建物の壁などに手を着きながらよろよろとした足取りで歩く。

 地面に座り込み休憩をはさみながら、家へと続く道を進んでいく。

 いつもなら5分と掛からない距離なのに、長い長い時間を掛けて進み続けた。



 そしてようやく家に辿り着いた。


「ただいま……」


 家の中に入るなり、家の奥から両親がドタドタと物凄い勢いで出てきた。

 両親は今何時だと思っているんだ、今までどこに行っていたんだ、いったい何時まで遊び歩いているつもりなんだ、そんな言葉で一哉をまくしたてる。


 一哉はもう言い返す気力も体力も無かったため、

「ごめんなさい」

 そう一言だけ謝ると、両親の前を素通りして自分の部屋へと進んだ。



 扉を開けて自分の部屋の中へと入る。

 手に持っていたリュックサックをドサリと力無く落とすように床に置く。

 そしてそのままベッドに倒れ込んだ。


 凄まじい眠気が襲ってくる。意識が朦朧としていく。

 そんな頭で一哉は思う。


 大丈夫。夏休みはまだ始まったばかりだ。

 明日こそは絶対に真夜を助け出してみせる。絶対に、絶対に……


 意識が混濁して何も考えられなくなっていく。



 一哉は、そのまま眠りに就いた。


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