喜ばしき王都蹂躙
「ご報告致します!」
重苦しい雰囲気の部屋に、ノックもせずに衛兵が飛び込んでくる。
平時であればそんな無礼者など首を落としてやるのだが、彼の顔色を見てそんな気も失せる。
額から流れる汗は熱を帯びておらず、既に打首にあったのではないかと思うほど、血の気が引いていた。
「ジュモーグの軍勢、王都を蹂躙の後、城門を破って、すぐにもここへなだれ込んで参ります……」
最後の言葉を口にする頃には、兵士は涙を流しヘタり込んでしまった。
だがそれを叱責する声はこの部屋の誰からも上がることは無い。
気丈に振舞っているだけで、みな同じ気持ちだったからだ。
「民を……救うことは出来なんだか」
私は拳を強く握ると、自分の力がいかに無力で、お飾りであるかを憎んだ。
その心中を察したのか、私を警護していた一人が優しく声を掛けてきた。
「お主はよくやった、俺が……いや俺の軍がもっと強ければ」
軍事を任せているこの男は、俺より20も年上で、幼い頃は剣術などを指南してくれた男だ。
私が王座を引き継いでからは、俺の右腕としてよく働いてくれていた。
王だからと畏まりすぎることなく、私もその軽快さにどんな事でも相談するような好々爺だ。
「連中がおかしすぎるのだ、お前に責任はない」
そんな彼を労うことしか出来ない。
そして、そうしたとしても彼が悔やむ気持ちが晴れるわけでもなかった。
彼らにはもう分かっていた。
数分後、ここにもジュモーグの軍団がなだれ込み、私の首を切り落とし高笑いを上げるのだろうと──。
私が物心付いた時には、ジュモーグという種族は私たちと敵対していた。
彼らは酷く好戦的で、私たちを見ると容赦なく武器を振るう。
自然の中では、食べる時しか生き物を殺さないのが普通だ。
だが彼らは違う。
排他的で、無理解だ。
気に入らなければ刃を向けてくる。
私達もただただ殺されてやる訳にはいかない。
親兄弟、愛する者を守るためには反撃だってした。
しかし、彼らの野蛮さは私たちの理解を超えていた。
私たちは火の粉を払っただけだというのに。
ついには私たちという種族ごと、この世界から葬り去る気でいるのだ!
初めはこちらが優勢だったと思う。
土地柄にあわせ進化してきた私たちの軍は、弓が得意なもの、魔法が使えるもの、素手で強い者たちも少なくなかった。
バリエーションに富んだ戦略で、ジュモーグを圧倒したのだ。
しかし彼らは突如その戦況をひっくり返し始めた。
私たちが『クリネタス』と呼ぶ化け物の出現を引き金に、戦場は我らの血で染まることになったのだ。
きっと悪魔と契約でもしたのだろう。
クリネタスはその一匹で、訓練された我が兵士100名を魔法の詠唱ひとつで焼き払う。
武器を持たずに、街を守る壁を破壊する。
空だって自由に飛べる。
我が国民はその名前を聞くだけで、夜も眠れぬ程に怯えていた。
こういう窮地にこそ、ヒーローや神といったものが手助けをしてくれたりしないものかと愚痴ったものだが。
そんなに都合の良い話は、ジュモーグ側にしか起きなかったようだ。
──走馬灯という訳では無いが、死を覚悟した私が過去を振り返っていた間も、階下から悲鳴や怒声が響く。
それがどんどんと大きくなっていることに、もはや恐怖を通り越して、ただ虚無感のみが私を包んでいる。
先程の兵士のように、ノックもなく扉が蹴り開かれた。
私は確信した。
この男こそ憎き仇であると。
「お主がクリタネスか」
話が通じることは無い。
彼らの言葉を理解するだけの時間は私たちにはなかったからだ。
「なんだその『客』ってのは」
だからこそ返事が返ってくるとは思っていなかった。
「お主、言葉がわかるのか!?」
玉座の肘掛に置いた手に力が入り、少し尻を浮かせながら反射的に質問をしていた。
「ああ、翻訳の魔法だ」
そんな魔法が……魔法技術も我々よりジュモーグの方が勝っていたとは。
私は肩を落とすように項垂れ、一瞬上がった腰も玉座に収まった。
「もう、あんた達だけだぜ?」
クリタネスが持つ剣を不遜にも私の顔目掛けて向ける。
その剣は刃こぼれも酷く、血糊で切れそうにもなかったが、そんな事などどうとでもなるのだろう。
今日は剣を使いたかった。
その程度の理由で持っているだけで、拳でも魔法でもクリタネスにとっては問題のない事なのだ。
「で、どうするよ。降参するなら動物園よろしく、檻の中で見世物にしてやってもいいぜ?」
「そのような辱めを受ける言われはない」
私たちは誠実に生きた。
どれだけ誠実に生きようとも、この瞬間まで神は、何一つ私や私の大切な者のために力を貸しては下さらなかったが。
それでも、最後まで自分を裏切りたくはない。
私は玉座の脇に置いていた槍に手を伸ばす。
その槍は重さが30kg以上もある特注品で、私を含む数人しか使えるものが居ない。
私が槍を取ったことで、そばに居た軍事官や、彼の腹心の部下も数名、各々に得意な方法でクリタネスへと敵意を向ける。
この状況において、腰が引けている者など一人も居ない。
本当に訓練された良い兵だ、誇らしさすら覚える。
そう心の中で賞賛を送りつつ、私は槍を杖にして立ち上がった。
この時初めて彼をゆっくり観察した。
私は確かに体は大きなほうだが、クリタネスは私の身長より1mは小さいだろう。
全身に鱗や爪などの攻撃的な部分は見えず、概ねつるりとしているのが、逆になんとも気味が悪い。
頭頂部にだけ異様に毛が生えているのも含めて、まさに他のジュモーグそのものだ。
「おっ、やるのか、馬鹿だなぁ死ぬだけなのに」
その高慢な態度はきっと彼の力がもたらすものだ。
せめて一矢報いたい。
先に逝った民のためにも。
「……うぉおおおお!!!」
私は冷静でお飾りな王の仮面を脱ぎ捨て、叫んだ!
力の限り。
ここに私たちの歴史の最後が記される瞬間を、全てのものに刻みつけるように。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の名前は内藤真也。
今となっては名前はどうでもいい。
だって、みんな俺の事を「勇者様」って呼ぶからね。
そりゃぁそうさ。
こんな知らないファンタジー世界に召喚されて、魔王を倒してくれなんて勝手すぎるだろ?
そのぐらい敬って貰わなきゃ割に合わないって。
まぁ、チート能力もあったし、ゲーム感覚でぶっ殺してやったわけ。
でも張り合いないよな。
魔王っていうから期待してたのに、でかい槍を振り回すだけで別に強くも何ともないし。
なんなら隣の爺さんのほうがよっぽど強かったよ。
ま、あんなヘナチョコ剣当たっても切り傷ひとつも付かないし、敵じゃなかったけどね。
俺の仕事は終わったし、どうせ元の世界に帰れないんだったら、ここで勇者様としてハーレムでも作って死ぬまで遊んで暮らすかな。
ってな訳で、バイバイ魔王様。
いかがでしたでしょうか?
短いものでしたが、お時間を頂きありがとうございます。
これからも頑張って参りますので、応援頂けると嬉しいです!
他にもジャンルの違う作品を書いておりますので、是非ご覧下さい。
今後ともよろしくお願いします。