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第93話




***



 マリッカとリネットにおだてられて舞い上がっていた兵士達だが、カーライルが部屋から出てきたので慌てて顔を引き締めた。


「殿下……」

「問題ない。公爵は少しお疲れの御様子だ。しばらくは誰も部屋に近づけるな」

「は」


 カーライルは騎士を連れてヘンリエッタに歩み寄り、そのまま背を向ける。


「ごめんなさい。あれこれ話しかけてしまって。もう行かなければ」

「またお会いしましょうね!」


 マリッカとリネットは兵士達の前で花が綻ぶような笑顔を見せ、ゆったりとドレスを翻した。

 それに目を奪われた兵士達は、王太子の連れている騎士が顔を見せないようにしていたことも、部屋に入る前と後で違う人間になっていることにも少しも気づかなかった。



***




 レイチェルが離宮で見つかったということは、ナドガは必ず離宮の近くにいる。

 そう確信したパメラは兵士達に命じて離宮の捜索をさせていた。そして、報告の来た兵士の口から中庭の扉の存在が明らかにされた。


「しかし、鍵があるようで扉は開きませんでした。おそらく、今は使われていない地下通路の出入り口だと思いますが……」

「ふん……」


 報告を聞いたパメラは、少し思案した後で振り向いてレイチェルに尋ねた。


「何か心当たりがあるかしら?」

「……」


 縛られて椅子に座らされているレイチェルは、答えずにパメラを睨みつけた。


「困ったわねぇ。少しぐらい正直になってくれないかしら?」


 パメラは困ったように小首を傾げて、意地悪げに微笑んだ。ヴェンディグを捕らえている以上、ナドガは宿主を得られずに衰弱していく。彼のことだから、他の人間に乗り移って宿主の寿命を縮めるような真似は出来ないだろう。

 レイチェルがどんなに意地を張ろうと、もう勝負はついているのだ。


「ふふふ……まあ、好きなだけ悪足掻きするといいわ」


 勝ち誇って笑うパメラは、レイチェルの髪を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。


「離宮に向かうわ。アーカシュア侯爵令嬢を丁重にエスコートしてちょうだい」


 そばにいた兵士にそう命じ、パメラは先に立って歩き出した。

 ナドガをおびき出すために、ヴェンディグかレイチェルを処刑することにしようかと考える。あの軟弱な蛇の王は罠とわかっていても出てくるに違いない。その目の前で殺してやるのを想像すると愉快な気分になる。


 離宮の庭の隠し扉には報告の通り鍵がかかっていた。

 見つからずに出入りするにはここ以外に出入り口はない。だが、レイチェルは鍵を持っていなかった。


「どこかに隠したのかしら?」


 パメラは短剣をレイチェルの喉に突きつけて尋ねた。レイチェルは怯むことなく、パメラを睨みつけている。


「ふふ、いい度胸ね」


 じきに夜が来る。パメラはレイチェルを捕まえる兵士を一人だけ残して他を下がらせた。


「取引しましょうよ、レイチェル。ナドガを差し出せば、あなたとヴェンディグ様が静かに暮らせるようにしてあげるわ」


 レイチェルは答えない。すると、パメラは片手をさっと振り上げた。

 彼女の手の先から炎が生まれ、日の暮れた空に鮮やかなオレンジの軌跡を残した。


「あなたのものを奪った憎い妹の顔を、この炎で焼いてあげる。元婚約者も両親も、あなたを蔑ろにした人間には一生消えない烙印を押してあげるわ」


 憎いだろう復讐したいだろう、と、誰かが頭の奥で囁いているような気がする。レイチェルはその声を聞きながら、ぐっと唇を噛んだ。

 少し前の自分なら、その声に抗えなかった気がする。

 蛇の甘言に飲み込まれて復讐の炎を望む自分を想像して、レイチェルははっきりと思い描けるその姿に自嘲した。

 きっと、ヴェンディグと出会っていなければ、そうなっていた。

 リネットの話もパーシバルの話も、聞く余裕なんか持てなかったに違いない。自分一人で突っ張って、妹も両親も元婚約者も見下すことで自分の心を守ろうとして、何もかも間違えていたかもしれない。

 だけど、ヴェンディグが、レイチェルを肯定してくれたから。

 がちがちに固まっていたレイチェルの心を、解きほぐしてくれたから。


「……私は、誰も憎んでなんかいない」


 パメラの目をみつめて、レイチェルは言った。


「あなたの助けなんて、私には必要ない」


 パメラがきっと目をつり上げた。


「だったら! 代わりにその顔を焼いてあげるわよ!」


 パメラの振り上げた手に炎が生まれた。その瞬間、


「待て!!」


 力強い声が、離宮に響き渡った。




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