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第82話



***


 人を操り「欲」を喰らう蛇シャリージャーラと、それを捕まえるために人の世にとどまる蛇の王ナドガルーティオ。


 シャリージャーラを捕まえるために、ナドガルーティオの宿主となっていたヴェンディグの話。


 ずっとヴェンディグとライリーだけの秘密だったものを、レイチェルも教えてもらった。真実を知るのは離宮で暮らす者のみだったのに、その離宮は踏み荒らされ、ヴェンディグは捕まってナドガと離ればなれになってしまった。


「……では、その蛇の王とやらは、今はレイチェルの中にいるのか?」

「ええ」


 レイチェルは左頬を擦って頷いた。


「あっ、ねえ見て!」


 リネットが前方を指さして言った。


「道が分かれてる」

「たぶん、いくつか分かれ道があるんだろうな」


 分かれ道の前で立ち止まり、どちらに進むべきか逡巡する。おそらくどちらかは行き止まりだ。間違っていたら戻ってくればいいが、それを繰り返しては時間がかかってしまう。

 どうしようかと迷っていたら、壁を眺めたり触ったりしてうろちょろしていたリネットが声を上げた。


「こっちよ! こっちが正しい道よ」


 自信満々な様子に、レイチェルは首を傾げた。


「どうしてわかるのよ」

「だって、ここに模様があるもん」


 リネットは壁を触りながら言った。その言葉に眉をひそめて壁に目を凝らすと、確かにリネットの触る壁に丸い形に模様が彫られているのがわかった。


「歩きながら壁を触っていて気がついたの。一定の間隔で、この模様が彫られているのよ。こっちの道には模様があるけど、あっちの道の壁には模様がないの」


 リネットが二股の道を行ったり来たりしながら説明した。


「それが本当なら、わかる人にだけわかるように付けられた正しい道の目印なのかもね」

「ええ……」


 マリッカの言葉に頷いたレイチェルは、壁に彫られた模様を見つめて首を傾げた。どこかで見たことがあるような気がする。


「でも、お姉様。これからどうするの?」


 模様のある方の道を歩き始めるとリネットが問いかけてきた。


「公爵様が陛下を説得できなかったら、その、シャリなんとかっていう蛇の思い通りになっちゃうの?」


 そんなことはさせない。そう言いたいが、ここからどうすればシャリージャーラを倒せるのか、レイチェルは何も考えついていない。とりあえず地下通路に身を隠して、ナドガの回復を優先させるつもりだった。


「今さらだけれど、私と一緒にいると危険な目に遭うかもしれないわ」

「本当に今さらね」


 レイチェルが三人に向かって言うと、マリッカが呆れて肩をすくめた。


「ここまで来たら付き合うわよ。蛇の王っていうのにも会ってみたいし」


 マリッカがそう言ってレイチェルの背中を軽く叩いた。


 それから、四人は黙って歩き続けた。途中、二つほど分かれ道があったが、リネットの言う通り片方の道に目印らしき模様があった。

 長い時間歩き続けて、足が棒になった。外はとっくに夜が明けているだろう。疲れて足が動かなくなってきた頃に、前方に階段が見えた。段の上には木の扉がある。

 間違っていなければ、これが離宮の庭に繋がる扉のはずだ。


「……ナドガ。出てきて」


 レイチェルが胸に手を当てて言うと、黒い煙が噴き出し、大きな黒い蛇がずるずると這い出てきた。

 レイチェル以外の三人は声にならない悲鳴を上げて後ずさり、震えながらその光景を見守っていた。


 やがて完全に姿を現したナドガは、少し窮屈そうに体を横たえた。


「ナドガ。私の親友のマリッカと、妹のリネット、その婚約者のパーシバルよ」


 レイチェルが三人を紹介すると、ナドガはしゅううと息の音を吐いた。


「レイチェルの友人達よ。私の名はナドガルーティオ。情けない姿を見せてすまない」


 蛇が喋ったっ!とリネットが小さく叫ぶ。真っ先に我に返ったのはマリッカで、怖々とカーテシーをしてナドガに挨拶した。


「蛇の王……我が友人レイチェルを守っていただき、ありがとうございます」

「とんでもない。私がレイチェルに助けられているのだ」


 ナドガは自嘲するように言った。


「ナドガの怪我の手当をしなきゃ……離宮に薬があるから取り行ってくるわ」


 レイチェルが段に足を掛けて言うと、パーシバルが慌てて止めた。


「待て、レイチェル。それは危険だ」

「そうよ、お姉様」

「でも……」


 ここでじっとしていても事態は好転しないだろう。早朝ならば、離宮には誰もいないかもしれないし、時間が過ぎるだけ見つかる危険が増える気がする。


「どうしても行くなら、私も一緒に行くぞ。レイチェル」


 パーシバルが真剣な表情で見上げてくる。その視線の力強さに、レイチェルはほっと息を吐いた。


「……わかったわ。じゃあ、一緒に来て。お願い」


 こんな風にパーシバルに頼るのは初めてかもしれない。こんな時だというのに、レイチェルはそんなことが気になって、少し照れくさくなった。



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