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第70話



***



 何かざわざわと、妙な感覚を覚えてヴェンディグは目を覚ました。


「う……?」


 朝の光が射し込んでいる。上半身を起こすとくらりと頭が揺れて、ヴェンディグは額を押さえた。

 なんだか、体に力が入らないような気がする。


「……ライリー」


 ヴェンディグはふらつきながらも寝台から降りて、ライリーを呼んだ。


「ライリー、どこだ?」


 部屋から出て、廊下を歩きながら名前を呼ぶ。しかし、いつもならすぐに現れる側近の姿が見えない。

 用事があって離宮にいないのかもしれない。そう考えながら階段までやってきたヴェンディグは、階下から立ちのぼる香りに顔をしかめた。


「っ……なんだ?」


 鼻を押さえて、階段から身を乗り出して下を見たヴェンディグは、広間の光景に息を飲んだ。


 床一面に、ラベンダーの花が撒き散らされていた。階下を埋め尽くすほど大量の紫の花。ヴェンディグは鼻を押さえたまま後ずさった。


 体の力が入らず気分が悪い理由がわかった。ヴェンディグの体の中で、ナドガが苦しんでいるのだ。


「……ライリーっ」

「お呼びですか。ヴェンディグ様」


 階下から声がした。

 再び下を見ると、ラベンダーの撒き散らされた床の上に、ラベンダーの花を手にしたライリーが立っていた。


「お前……、何を……」

「勝手な真似をお許しください。しかし、貴方様のためなのです」


 静かな目でこちらを見上げるライリーからは、悪意を感じない。

 ヴェンディグは鼻を押さえて匂いを嗅がないようにしながら階段を降りた。体内で、ナドガが苦しむ気配がする。それでもなんとかライリーと向き合った。


「ヴェンディグ様。私達は騙されていたのです」

「何……?」

「蛇の王は、シャリージャーラの能力など大したことはない。蛇の王たる自分には逆らえないと宣っていたではありませんか。それがどうです。実際にはあの有様だ」


 ヴェンディグは返す言葉を失った。

 ライリーはそんなヴェンディグに向かって畳み掛ける。


「騙していたのではないと言うなら、それは過信です! 己は王だという驕りが招いた結果です! そのような愚か者のせいで。我々が……ヴェンディグ様が犠牲になる必要などない!」

「ライ……リー……」

「十二年です! 十二年間、我々は騙されてきた! これ以上、その蛇のために人生を犠牲にするなど……っ、目を覚ましてください、ヴェンディグ様! 蛇の王など追い出して、普通の暮らしを手に入れるのです! レイチェル様との幸せな暮らしを!」


 そう訴えられて、ヴェンディグは唖然とした。これまでライリーは、ヴェンディグが選んだ道——ナドガと共に生きることに異を唱えたことはなかった。


 ヴェンディグは、ナドガのことを誰にも話さず、一人で抱えていこうとしていた。父にも母にも話さなかったのは、彼らが知ればヴェンディグのために自分が身代わりになるとでも言い出さないかと心配だったからだ。


 だけど、たった一人で秘密を抱えていることは、幼い少年には辛いことだった。だから、ライリーにナドガの存在がバレて、真実を打ち明けた時、ライリーがそれを受け入れてヴェンディグの意思を尊重してくれたことが大きな助けになった。


 以来、十二年間、ライリーはずっと何も言わずに側にいてくれた。ヴェンディグにとっては、ライリーが隣にいることが当たり前になっていた。


 だが、ライリーにとっては、縛り付けられた十二年間だったのか。必要な犠牲だからと、耐えていただけで、ナドガがシャリージャーラに負けたことで、その我慢の糸が切れてしまったのか。

 ヴェンディグはごくりと息を飲んだ。


「……レイチェルは」

「ご安心ください。ご実家に留め置いてもらっています。蛇の王を追い出した後で、一緒にお迎えにあがりましょう」


 ライリーはさっと手を挙げた。

 次の瞬間、広間に兵士達が雪崩れ込んできて、ヴェンディグとライリーを取り囲んだ。




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