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第6話


***



 謁見の間に現れたヴェンディグは、堂々たる態度の立派な貴公子だった。蛇に魂を食われているとか、死の苦しみに蝕まれているとかいう噂を打ち消すほどに、その姿は生命力に満ち溢れて見る者を圧倒した。誰もが彼に目を奪われ、惹きつけられただろう。


 ただし、その肌にくっきりと刻まれた赤黒い蛇の体のような痣が、見る者に恐怖と嫌悪を催させた。


「ひっ……」


 レイチェルの母が叫んで夫の腕にしがみついた。しがみつかれた父も、情けないことに顔を青くして後ずさっている。その後ろにいるモルガン侯爵も嫌悪を露わに顔を歪めた。

 レイチェルは目を瞬いた。

 ここにヴェンディグが来るとは思わなかった。彼は十二年間、離宮から出ていないと聞いていたからだ。


「閣下……」

「お久しぶりでございます、両陛下。突然の拝謁をお許しください」


 ヴェンディグは凛とした声で言い、国王夫妻に向かって頭を下げた。

 そうして、唖然とするレイチェルの肩を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。レイチェルの母が悲鳴をあげた。


「……手伝ってやろうと思ってな」

「え……?」

「陛下、見ての通り、レイチェル・アーカシュア侯爵令嬢は、私の呪われた肉体を恐れません」


 戸惑うレイチェルを無視して、ヴェンディグは劇の台本でも読むように台詞を発した。


「彼女の私への愛が、呪いへの恐怖に打ち勝ったのです」

「ぶっ」

「レイチェル嬢にここまで深く愛されて、私は己の気持ちをこれ以上偽ることは出来ません! この愛に報いるため、彼女と婚約を結びたい!」


 ヴェンディグの台詞の合間に噴き出してしまったレイチェルだったが、幸い皆ヴェンディグに注目していて誰もレイチェルを見ていなかった。


(手伝うって……)


 レイチェルにはヴェンディグが面白がって三文芝居をしに来たようにしか思えなかった。


「私達は心から愛し合っているのです。その証拠をお見せしましょう!」


 そう言って、ヴェンディグがレイチェルの顔を覗き込んでニヤリと笑った。

 至近距離に驚くレイチェルが目を丸くしている隙に、ヴェンディグはレイチェルの手を掴み、その手を自分の頰——赤黒い蛇の痣にそっと触れさせた。


 レイチェルは息を飲んだ。


 蛇の鱗に似た痣は、少しがさがさしているが温かく、人の温もりが手のひらに伝わってきた。


(わざと……)


 ヴェンディグがこんなことをした理由を察して、レイチェルは眉をひそめた。


 誰もが姿を目にすることすら恐れ忌み嫌う、呪われた「生贄公爵」。

 そのはっきりと刻まれた「呪い」に触れたなら、レイチェルが恐れ嫌悪し、逃げ出すと考えたのだろう。

 そうして、レイチェルに「生贄公爵」との結婚など無理だと思い知らせようとしたに違いない。


 レイチェルはむっとして、ヴェンディグのニヤついた顔を睨んだ。


(そっちがその気なら)


 レイチェルはこの状況を自分のために有効に使おうを決めた。

 もう片方の手を伸ばし、自分の方からヴェンディグの首筋の赤黒い痣に触れた。手のひらを押し付けて、痣の形を確かめるように。

 ヴェンディグから笑顔が消え、少し目が見開かれた。


「冗談ではないっ!」


 突如、モルガン侯爵が叫んだ。


「蛇に魅入られた娘など……、アーカシュア侯爵、此度の話はなかったことに!」


 モルガン侯爵は慌ただしく陛下へ礼をすると、逃げるように謁見の間を飛び出していった。

 モルガン侯爵に遅れて、レイチェルの両親が事態を飲み込んで真っ青になった。


「レ、レイチェル! 何をしているの!?」

「は、早く離れなさいっ!」


 狼狽える両親を流し見て、レイチェルは情けなさに憤った。


(陛下の御前で、実の息子である公爵閣下に脅えるだなんて……)


 誰かが深い溜め息を吐いた。

 見ると、国王が玉座で頭を抱えていた。


「……これでは、レイチェル嬢に他に婚約者を見つけることは難しいだろう。蛇に呪われたという公爵に抱かれた令嬢など、誰も欲しない」


 苦い口調で呟いて、国王はレイチェルの両親に問いかけた。


「二人を婚約させるしかないと思うが、侯爵夫妻はどう思う?」


 尋ねられた両親は、国王とレイチェルを交互に見た、レイチェルはぎゅっと口を引き結んでヴェンディグに抱きついた。


「こ、公爵閣下にお仕え出来るのは光栄でございます」


 レイチェルの父は絞り出すように答えた。この場から去りたいと思っているのが明らかで、腰が引けている。

 蛇を恐れた侯爵夫妻はさっさと帰りたくなったらしく、婚約に同意して逃げるように帰っていった。


「うまくいったな」


 ヴェンディグがニヤリと笑って囁いた。


「これでお前も蛇の生贄だ」



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