第51話
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令嬢達のお茶会に参加した日はヴェンディグとの茶の時間を取れないこともある。そういう日には必ず出発するヴェンディグとナドガを見送りに行く。いちいち見送りになど来なくていいとヴェンディグは言うが、レイチェルを邪険にしたりはしない。
「どうした。元気がないな?」
ナドガの背に股がろうとしていたヴェンディグが言った。
レイチェルははっと顔を上げた。ヴェンディグとナドガがレイチェルに目を向けていたことに気づき、誤魔化すように微笑んだ。
「なんでもないのです……ただちょっと、今日、妹に会ってしまって」
「ほう」
ヴェンディグが興味深そうに眉を動かした。
「家に帰ってこいと泣きつかれたか?」
「いいえ……妹の話を聞いて、自分が少々情けなくなりまして」
レイチェルは消え入りそうな声で言った。こんなこと、出発前のヴェンディグやナドガに聞かせるようなことじゃないのに、つい口から出てしまった。
リネットの話を聞いて、レイチェルは衝撃を受けたのだ。
リネットがきちんと自分の道を決めて、自分らしく生きようとしている衝撃。
リネットにそんなことが出来たのかと、妹を下に見ていた自分に気づいた衝撃。
自分ではどこかであの子を馬鹿にしていたのだろうかと、レイチェルは自身を疑った。リネットのことを何も理解していなかったように、他にも理解していないのにわかったつもりになっていることがあるんじゃないかと不安になる。
「何を言われた?」
ヴェンディグが尋ねてくる。
「……私は、妹のことを侮っていたようです。自分が嫌な人間だったと思い知って、自分に呆れております」
レイチェルが答えると、ヴェンディグとナドガは目を見合わせた。
ナドガがしゅううと息の音を立て、レイチェルの方に首を向けた。
このあいだ励まされたばかりなのに、また自己嫌悪に陥ってヴェンディグの前で情けない姿を晒している。リネットは自身のことを「頭が悪い」と評していたが、レイチェルは自分の方こそ自分で思っていたほど賢くないのではないかと思った。
「レイチェルは寂しいのだな」
ナドガが言った。レイチェルは目を瞬いた。
「自分の知っていた妹と少し違って、自分のいない場所で成長していたのがなんとなく寂しいのだろう」
ナドガの穏やかな声がすーっと胸に染み渡った。ナドガに言われると、「そうだったかな」という気がしてくる。少し心が軽くなった。
「ありがとうございます」
微笑むレイチェルに、ナドガが頷くように首を振った。
「まったく。そんなにいちいち縮こまる必要はないだろう。周りの人間から愛されているのだから堂々としていればいい」
ナドガの背に股がりながら、ヴェンディグが言った。レイチェルはヴェンディグを見上げて目をぱちくりした。
「そんなことは……」
「俺の言葉を疑うのか?」
「いいえ! でも……」
胸を張れるほど周りの人間から愛されている自覚はレイチェルにはない。
「周りの人間か。ヴェンディグはどうなのだ?」
面白そうな口調で、ナドガが背の上のヴェンディグに尋ねる。ヴェンディグは「ああ?」と眉をひそめた後で、手綱を握りながらこう言った。
「だから、俺は初めて見た時からお前を好ましいと思っていると言っているだろう」
一瞬、自分に向けて言われた言葉だとは気づかなかった。
その隙に、ヴェンディグとナドガは窓から飛び出してしまった。
開け放たれた窓から吹き込む夜風を顔に浴びて、レイチェルは呆然としていた。
「……ええ?」
ややあって、レイチェルはカーッと火照った頰を抑えて眉を下げた。




