5.好きすぎて辛い
風が吹き、互いの髪が触れ合うほど近くに顔がある。
私は彼の赤い瞳を見つめながら、彼の答えを待っていた。
「さっき言ったけど、俺たちは互いにほとんど何も知らない。それでいきなり婚約者になってほしいと言われても、正直困る」
「そう……ですよね」
わかっていた回答に、盛大に落ち込む。
普通に考えれば当たり前の反応だ。
むしろ錯乱したとは言え、こうして話を聞いてくれる時点で、それは彼の優しさなのだろうと思う。
「君の心情は察したが、だから俺が肩代わりできると言うわけでもないしな」
「……はい。変なことを言ってごめんなさい」
これ以上迷惑をかけられない。
そう思った私は、立ち上がりこの場所から去ろうと思った。
「ただ――」
そんな私を、彼の声が引き留める。
「せっかく知り合ったんだ。友人くらいならなれるんじゃないか?」
「えっ……」
それは思いもよらぬ一言だった。
見ず知らずの、頭のおかしな言動を聞かれ、ありえないと思っていた。
運命を感じれているのは自分だけで、それも一瞬で終わってしまうように、淡く弱々しいものだとばかり。
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
「本当の本当に?」
「そう言ってるだろ。放っておくとまた死のうとするかもしれないしな。まぁもちろん、嫌ならいいけど」
「嬉しいです! ぜひお友達になってください!」
今、この瞬間、私の心は彼に魅了された。
彼の右手を私の両手で包み込み、精一杯の感謝と想いをのせる。
「ありがとう……ございます」
「あ、ああ」
戸惑う彼は知らないだろう。
その一言に、私がどれだけ救われたのか。
私がどれだけ、貴方のことを好きになっているのか。
伝えたい気持ちが大きくなるけど、今はまだ迷惑にしかならないから、ぐっと堪える。
ぐぅ~
「あっ……」
安心した所為か、堪えがきかなくなったお腹が鳴り始めた。
好きな人にお腹の虫の音を聞かれるなんて恥ずかしい。
私は顔を真っ赤にして目を逸らす。
「昼食はまだなのか?」
「は、はい。持ってきてはいるのですが……」
自分の横に置いてあるお弁当。
それが二つあることに、何とも言えない悲しさを覚える。
「さっき話してた奴の分か?」
「はい……いつもの癖で作っちゃって……あ! もしよければ一緒に食べませんか?」
今更のお誘いだけど、これくらいは良いよね?
でも彼はちょっぴり迷惑そうな顔をしていて……
「や、やっぱり迷惑ですよね」
「いや、ちょうど腹が減っていたところだ。昼飯もまだだしな」
「え、それじゃあ!」
「貰える物は、ありがたく貰うよ」
込み上げてくる嬉しさで、また泣き出しそうになる。
今度は嬉しい涙だから、別に良いのだろうけど、心配させないように堪える。
それにこれはチャンスだ。
料理は得意だし、男をものにするなら胃袋を掴めと誰かが言っていた気がする。
さっそく包みをを開き、蓋を開ける。
私の料理の虜にしてあげるわ!
そう粋がってみたものの……中をあけて唖然とする。
偏って、ぐちゃぐちゃになっている。
原型は留めているけど、見栄えは良いとは言えない。
「……」
「さっき暴れたときだな。放り投げていたし仕方がないだろ」
「ご、ごめんなさい」
最悪だ。
良い所を見せるチャンスだったのに、とんだ醜態をさらしてしまった。
元はと言えばその前の醜態が原因で……今さら後悔しても遅い。
「何だ? くれないのか?」
「えっ、でも崩れちゃってるし」
「まさか捨てるつもりか? そんな勿体ないことするな」
引き下げようとしたお弁当を、ユートはちょっぴり強引に私の手から取り上げる。
そのまま躊躇もせず、崩れたサンドウィッチを口に入れる。
「うん、美味いぞ」
「ユート?」
「見た目は仕方がないけど、味はしっかりしてるし結構好きな味だな」
「ほ、本当ですか!?」
ユートは食べながらこくりと頷く。
崩れて見た目の悪いお弁当を、何のためらいもなく食べてくれて。
美味しいと言ってくれた。
好きな味だとも。
彼の優しさにあふれた言葉に触れて、私の心は一つの感情で満たされる。
もう……好きすぎて辛い。
こんな気持ちは生まれて初めてだ。
ブロア様と一緒にいたころにもなかったと思う。
ドキドキが止まらない。
病気なんじゃないかと心配するくらい胸が高鳴って仕方がない。
恋の病なんて誰が言ったのだろう。
間違いじゃない。
恋は病と同じくらい、自分の身体をおかしくするんだ。
「ご馳走様。ありがとな」
「はい! こちらこそありがとうございます!」
「何でそっちが礼を言うんだよ。食わせてもらったのは俺なのに」
「だってあんなみっともないお弁当を食べてもらえるなんて、それに美味しいって」
「俺は事実を言ったまでだ」
格好良い。
ユートがどんどん輝いて見える。
ずっとこの時間が続いてほしいと思ったけど、ちょうどチャイムが鳴る。
「昼休みが終わるな。そろそろ教室に戻ったほうが良い」
徐に立ち上がるユートに、私は慌てて尋ねる。
「あ、あの! ユートは明日もここにいますか?」
「ん? ああ、昼休みなら大抵そうだな」
「だったらまた来ても良いですか? 今度はちゃんと綺麗にお弁当作ってきますから」
「別に無理しなくてもいいぞ」
「無理じゃないです! ユートに喜んでもらえるなら、三食だって苦じゃありませんよ!」
言ってから気付く。
また私は、行き過ぎた発言をしてしまった。
引かれてしまうかもと心配になる。
「ぷっ……はっはっははは! 君は面白いな」
予想は外れて、彼は大きく笑った。
初めて見る彼の笑顔に、私はまたドキッとする。
「じゃあまたな。エミリア」
「はい!」
本日ラストの更新です。
明日からも更新は続きますので、ぜひぜひお楽しみに!
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