5.ユートの師匠
「ありがとう、ユート」
「ん、急にどうしたの?」
「ほら、昨日の……お父様とお母様のこと」
二人と話した日の翌日。
昼休みの時間に、私たちはいつもの場所でお昼を過ごしていた。
「ああ。別にお礼を言われるようなことはしてないよ」
「そんなことないです。ユートのお陰で、あの後少し……話せました」
ほんの少し、交わしたのは二言だけ。
婚約おめでとうと改めて言われて、私がありがとうと答えた。
たったそれだけのことで、気持ちが軽くなった気がする。
ちゃんと言葉を交わしたのは久しぶりだった。
ユートがきっかけを作ってくれなかったら、一生あのままだったと思う。
「それは良かった。でも大変なのはこれからだ。エミリアも、あの二人も……俺に出来ることはここまでだよ」
「十分です。ユートは優しいですね」
「そうでもないよ。君の両親が根っからの悪人だったら、あの場で手を出していたかもしれないから」
「えっ……」
そうだったの?
「でも、二人の様子を見てわかった。俺は立場上、いろんな貴族の嫌な部分を見てきた。エミリアがされたことも酷いけど、もっとひどいことを平然とする奴らを……反吐が出る程見せられた」
「ユート……」
「自分の地位が一番大事で、それ以下の者は家畜同然。そんな風に思う奴らを、俺は人間だと思わない。エミリアの両親には、ちゃんと罪悪感があった。家を守りたいという気持ちと、そのためなら何でもやろうという意思も。ただ、その選択が正しいかどうかをずっと悩み続けいる。悩み、苦しんで選ぶことは、人間にしか出来ないことだよ」
ユートは、死神と呼ばれている。
国家魔術師として、国に仇名す者や悪事を働く者たちの命を刈り取ってきた。
彼以上に、人の汚い部分や表には出さない裏の顔を知っている人は、他にいないかもしれない。
そんな彼が言うと、言葉の重みが違う。
「まぁでも、言葉で言うのは簡単だから。それは昨日も言ったよね? だからちゃんと行動で証明してもらおう。その先のことは、エミリアに任せるよ」
「はい」
許す、許さないという話も含めて、私が見定めるんだ。
そしたらいつか普通の親子に戻れる日も、来るかもしれない。
「そうでした!」
「え、何?」
「ユートにだけ私の両親に挨拶をさせるのは良くありませんよね? だから今度は私の番です! 今ユートのご両親は王都には住んでいらっしゃらないんですか?」
「あー……」
ユートは自分の髪の毛をわしゃわしゃと触る。
言いずらそうにして、一呼吸おいてから答える。
「そういえば言ってなかったけ? 俺に両親はいないんだ」
「え……」
両親が……いない?
「物心つく頃にいなくて、俺は捨てられてたらしい。だから、両親の顔も名前も知らない。生きているのか、死んでいるかもわからないな」
「ご、ごめんなさい」
聞いてはいけないことだった。
自分の無神経さに腹が立って、今すぐ自分の頬をパチンと叩きたい気持ちになる。
「別に気にしてないから。それに両親は知らないけど、俺のことを拾ってくれた人はいたんだよ。いわゆる育ての親なんだけど、今は師匠かな」
「師匠?」
「うん。俺を育てて、魔術を教えてくれた人だよ。名前はフレア・ローゼン」
「フレア・ローゼン……どこかで聞いたような……」
すぐには思い出せなくて、私はうーんと悩む。
「耳にしたことはあると思うよ。師匠も国家魔術師の一人だから」
「あっ!」
ユートがそう言って、思い出した。
フレア・ローゼン。
【紅蓮】と呼ばれている国家魔術師。
燃えるような赤い髪が特徴的な女性だという。
私も一度だけ、小さい頃に見たことがある。
赤い髪を靡かせ、堂々とした立ち振る舞い。
人を引き付ける特別な雰囲気を持つ人だと、子供ながらに思った。
「あのフレア様が……ユートの師匠で、育ての親だったんですね」
「うん。今はどこにいるか知らないけどね。師匠はすぐ放浪するから、国としても手を焼いているだろうな~」
語りながらユートは空を見上げる。
「もう一年以上会ってないな」
「そうなんですか?」
「うん」
師匠のことを考えて、懐かしんでいるのかもしれない。
すると――
「ん?」
空から赤い羽が舞い落ちる。
「羽ですか?」
「これは……」
ユートが再び空を見上げる。
そこへ羽の持ち主が、ばさりと翼を広げてやってくる。
「赤い鳥?」
「フェニックス……師匠の使い魔だ」
燃えがかる翼をもつ鳥。
不死の鳥、フェニックス。
伝説上にしか存在しないと思っていた生き物が、私の目の前に降り立つ。
「どうしてここに……」
「ユート、足首に何か巻いてあります」
「本当だ」
フェニックスの足首には茶色い紙が折りたたまれて、結ばれていた。
それを開いて、中を見る。
紙に書かれていたのは、たったの一文だけ……
迷ったから迎えに来い。
「「え?」」
新作投稿しました!
タイトルは――
『パーティーを追放された付与術師、宮廷に雇われる ~お前の付与なんて必要ない? 言った傍から苦戦しているようですが、今さら戻るつもりはありません。付与してほしいなら国へ正式に手続きをしてくださいね?~』
ページ下部にリンク(12/8正午以降)がありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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