4.証明してください
「長い歴史の中で、一度も血筋が絶えることはなかった。一時は名門貴族として名をはせたこともある。親から子へ、家名を代々受け継がれ、今も尚残っている」
「ユート?」
突然そんな話をしだした彼に、私と両親は戸惑う。
すると、ユートは続けて言う。
「エミリアは知ってるかい? この国が出来た当初から残ってる家柄が、一体いくつあるか」
「わからないです。十くらいですか?」
「ううん。一つだけだ」
「え?」
一つだけ?
でもさっき、ユートは言っていた。
この国が誕生した時から続いている家柄の名前を。
それはつまり――
「そう。王家を除いて、このシエル家だけが長い長い年月を経て残っている。そうですよね? お父様」
「はい。よくご存じですね」
「いいえ、お恥ずかしながら、今日のために調べました。知ったのはつい最近のことです」
私は全く知らなかった。
恥ずかしいというなら、それは私のほうだろう。
自分の家が、どれだけ長く続いてきたなんて、知ろうともしなかった。
シエル家の始まりは、この国の始まりでもある。
当時、建国に関わった五つの家。
その内の一つが現在の王族であり、もう一つがシエル家だったという。
残る三つは長い歴史の中で血筋が途絶え、今は残っていない。
王国の歴史を紐解けば、そこにはこの家の名前がある。
しかし、遠い過去のお話は、そのうち誰も話さなくなって、本に書かれた文字だけが残り、いつしか皆の記憶からも薄れて、今ではほとんど知らない。
「それでも建国に関わった家柄だ。完全に忘れられることはない。普通なら……ね」
「普通なら?」
「うん。忘れられていったのは意図的なんだよ。今の王族は、その五つの家の一つだったって話をしたよね? 建国してすぐに、一つは王家に、残る四家は貴族となった。建国に関わっていたこともあって、四家は王家と同等の権力を持っていたんだ」
王家と同じ権力を持つ貴族。
それを危険視した王家は、彼らの権力を削ごうとした。
もちろん四家も気づいて反対した。
この反対が良くなかったんだ。
すでに国として大きくなっていて、四家以外にも力を持つ貴族が王家の元に集っていた。
王家だけでなく、その貴族たちの反感もかってしまって、最終的には国民からも非難された。
貴族としての立場こそ失わなかったけど、時間が経つにつれ勢力は弱まり、三家の血筋は途絶えてしまった。
ただ一つ、シエル家だけは、かつての権力を失おうとも残っている。
「それは偶然なんかじゃない。何代、何十代前から、この国に自分たちの生きた証を残そうとしてきた。人の意思が紡いだ成果なんだ」
ユートの話を聞いて、私はもうわかってしまった。
彼が何を伝えたいのか。
私に見えていなかった物が……何なのか。
「先代が残し、繋いでくれた家を、自分たちの代で終わらせるわけにはいかない。きっと皆、その一心だったと思うよ」
「……」
ふと、お父様と目が合う。
お父様は何かを言いかけて、飲み込んでからユートに言う。
「バスティアーノ殿、たとえそうだとしても、娘の気持ちを蔑ろにしてしまったことに変わりはありません。あの時……私たちは最低なことを口にした。今さら悔いたところで、もう取り返せませんが……」
「本当は、エミリアとこうして向かい合う資格すら、今の私たちにはありません」
「ただ、私たちにとって大切な物は家柄だけではなかったと、今は身に染みています」
「今さら……」
最後まで黙って聞いているつもりだった。
聞き流すつもりでいた。
だけど、我慢できなくて、無意識に声が出ていた。
「そんなの……今さら言われても遅いわよ」
漏れていたのは言葉だけではなく、涙もだった。
二人の声を聞けば、そこに嘘がないことくらいわかる。
一番近くで見てきたから、嫌でもわかるよ。
二人が本心で悔いていることも、私にはわかってしまう……でも、だからって許せないよ。
「私がどれだけ……辛い思いをしたか知ってるの? 慰めてほしかった時に、二人がなんて言ったか……忘れるわけないよ」
「エミリア……」
「その通りですよ」
そう言ったのはユートだった。
「彼女が受けた心の傷は、言葉を一つ二つ並べた所で消えません。言うだけなら誰も出来るし、俺も散々見てきましたからね……だから、証明してください」
私の両親に向けて、ユートは力強い口調で言う。
「間違っていたと思うなら、本気で悔いているのなら、これからの行いで証明してください。家柄だけじゃない。エミリアのことを、娘のことを大切に思う気持ちに嘘はないと」
「ユート……」
彼はきっと、最初からこれを伝えたかったんだ。
私の両親に、そして……私に。
「わかりました。必ず、証明してみせます」
「エミリア……見ていてくれる?」
「……はい」
和解したわけじゃない。
私は両親のしたことを許せない。
そこは変わらない。
だけどこれで、歩み寄る理由は出来たと思う。
ユートのお陰で。
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