3.今さら何を話せばいいの?
ユートと話した日の夜、私は両親に置手紙を残した。
別に家出するとかじゃなくて、明日の夕方に、ユートと話があるという内容を伝えただけだ。
あれから一言も話していないから、直接伝えにくいとユートに話すと、手紙を置く方法を教えてくれた。
これで意図は伝わっただろう。
ただ、正直あまり気乗りはしない。
ユートの頼みでもなければ、わざわざ話そうとも思わなかったと思う。
結局、一日悶々としたまま過ごして、当日の昼休みになる。
「……」
「エミリア」
「……」
「エミリア」
「え、はい? 何ですか、ユート」
「何って、一口も食べずにぼーっとしてるから」
ユートに指摘されてようやく気付いた。
私はお弁当を開けてから、まったく手を付けず揺れる草木を見つめてらしい。
そんな私を心配して、ユートが声をかけてくれた。
「挨拶のことを考えていたの?」
「えっと……はい」
元気のない声で返事をしたからだろう。
ユートは優しく私の名前を呼び、続けて言う。
「エミリア、本当に嫌なら俺一人でもいいよ? 話したいのは俺なんだから」
「そ、それは駄目ですよ! 私たちのことなのに、ユートに任せるなんて……」
と、思う自分もいる。
それでも、気乗りしないと尻込む自分もいて、私の心は立ち往生だ。
いつもなら楽しい時間も、今日ばかりは沸々と考えてばかりで、ユートともおしゃべりできなかった。
出来なかったことより、この後に何があるのか考えて、また憂鬱になる。
そして、こういう時も時間の進みが早く感じられる。
午後の授業が終わり、私とユートは校門で待ち合わせをして、一緒に下校した。
仲良く手を繋いで、というわけにはいかなかったけど、ユートが気を遣って色々と話をふってくれた。
お陰で少しずつ緊張が解れて……
「ここが私の家です」
家に着いた途端、ユートの気遣いがなかったかのように、緊張は再び膨れ上がった。
とても嫌な緊張だ。
私は今、怖いと思っている。
「大丈夫、俺もいるから」
そんな私の手を、ユートは優しく握ってくれた。
本当に彼は優しい。
彼と一緒なら、何とか乗り切れるかもしれないと、私は大きく深呼吸をして玄関を開ける。
「お父様、お母様! ただいま戻りました」
そうして私とユート、それに両親を交えて一つのテーブルを囲む。
向かい合って、しばらく静寂がその場を支配する。
最初に静寂を破ってくれたのは、私の隣に座るユートだった。
「お父様、お母様、本日は急に申し出に応じて頂き感謝いたします」
「い、いえ滅相もない。挨拶が遅れて申し訳ありません。私がシエル家当主ラフマンです」
「妻のエリクシアです。ユート・バスティアーノ様、栄えある国家魔術師の貴方とお話しできることを、心から嬉しく思います」
二人はユートに頭を下げた。
国家魔術師は、この国に二十七人しかいない選ばれた存在。
その権力は、一流貴族をもしのぎ、有事の際には王族と同等の命令権を得る。
シエル家は歴史ある貴族の家柄だけど、ロストロール家との縁が切れた今では、ただの下級貴族でしかない。
立場だけでいえば、ユートのほうが強い権力を持っている。
だから二人とも気が気ではないようすだ。
そんな二人にユートは――
「畏まらないでください。今の私は国家魔術師としてではなく、学園に通う一生徒として来ています」
「は、はい。それでお話があるということでしたが……」
「はい。お父様、お母様」
ユートに呼ばれて、二人がびくっと背筋を伸ばす。
「私はエミリアさんと婚約するつもりです」
言い放った。
ハッキリと、まっすぐに目を合わせて。
二人は固まっている。
というより、どう反応して良いのかわからなくて、目も逸らせず困っている様子だった。
「そ、そうですか。おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
それ以上、二人は何も言わなかった。
私は心の中で思う。
それだけ?
たったそれだけしかないの?
娘が婚約者を連れてきて、何も話すことはないの?
そんな疑問を感じていた私と、お父様の目が合う。
「エ、エミリア」
「私から話すことなんてありません。私が誰と婚約しようと、二人には関係ありませんから」
「そう……だね。すまない」
「……一体何に対する謝罪ですか。私の気持ちより家柄を優先しようとしたことですか? 今さら謝られても遅いですから」
ああ……違うわ。
そんなことを言いたいわけじゃないのに。
言葉が勝手に、感情が溢れ出るみたいに流れて、止まらない。
「エミリア」
「申し訳ないと――」
「だから何に対してですか? 本当は悪いなんて思っていないのでしょう? お父様たちにとって、私のことより家のことが大事ですもの」
「そ、そんなことはない! エミリア、私たちは――」
うるさい!
そう言おうとした私より、ユートが少し早く口を開く。
「シエル家は、この国が誕生したころから続いている家柄の一つだ」
唐突に語り出し、私たちは彼に視線を向ける。
私と目が合って、彼は微笑む。
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