3.運命の出会い
本物の恋って何だろう。
思えば私はずっと、誰かに恋をしたことがないのかもしれない。
決められた相手と決められたレールに乗って、ただ進んでいただけに過ぎないのだから。
今、こうして自由になって、何を求めればいいのだろうか。
「エミリア、この後私予定があって、その……」
「気を遣わなくて良いわ。レオン君のところでしょう? 彼、あんまり待たせると不機嫌になるわよ」
「そうなのよ! この間も一分遅れただけで帰ろうとするし――ってごめん!」
「気にしないでって。ほら、早く行ってあげて」
「うん。また後でね」
システィーは申し訳なさそうな顔をして、教室を出て行った。
今はお昼休みの時間だ。
いつもなら、ブロア様の所に行って、手作りのお弁当を一緒に食べるけど。
「もう必要ないのよね……」
私の手には、二人分のお弁当がある。
癖というか、慣れというか。
朝起きてからの習慣で、いつもみたいに二人分作ってしまった。
完成して詰めるまで気付かないなんて、自分に呆れてしまう。
でも、昨日の今日で忘れられるほど、短い関係でもなかったから。
それに……
「あれってブロア様に用意したお弁当かしら」
「エミリアさん可哀想」
「健気に尽くしてたのにねぇ」
周りが当分忘れさせてくれないだろう。
同学年はもちろん、上級生下級生にも私たちのことが知れ渡っている。
廊下を歩いていても、中庭にいても、授業中でも時折聞こえる憐みの声。
幸いなのは、私が一方的に捨てられた可哀想な女の子、という認識で広まっていることだ。
陰口を叩かれないだけマシだと思おう。
でもどうしよう。
ここじゃ落ち着いて食事も出来ないわね。
もう一つのお弁当もどうするか考えなきゃ……
一先ず私は、教室を出ることにした。
ここは特に人の目が気になってしまう。
知り合いが多い所はダメだ。
食堂はもちろん、校舎のどこにいても目立ってしまう。
だから外へ、まずは中庭に向った。
「……人、多い……」
思った以上に人がいて呆然と立ち尽くす。
何より辛いのは、男女で仲睦まじく食事をしている率の高さだ。
彼らが私に気付いて、申し訳なさそうな顔をして目を逸らす。
ここは教室以上に居心地が悪い。
早々に逃げ出して、道なりに進んでいく。
王国一の学園だから、敷地はとても広くて自然も取り込んでいる。
小さな林とか池なんかもあるし、探せば一人でゆっくりできる場所にたどり着く。
「何だか……罪人の気分だわ」
ふと、そんなことを想ってしまった。
途端に悲しくなって、瞳から涙が溢れそうになる。
一日中泣いて、もう枯れてしまったと思っていた涙の泉は、想像以上に深いようだ。
「あれ……ここどこ?」
適当に歩いていたら、見たことのない場所に来ていた。
広すぎる敷地内は、一年経っても全てを見飽きることがないと言う。
周りは木々に囲まれていて、校舎も見えない。
どっちから来たのか朧げになり、迷ってしまった私は立ち止まって考える。
すると――
ペロッ
本の頁をめくる音が、風に乗って微かに聞こえた。
誰かがいるとわかった途端、胸の中に芽生えてきた不安は薄れて消える。
私は音が聞こえた方向にかけた。
そこには、一本の大きな木が生えていた。
周りを木々に囲まれながら、そこだけが開けていて、真ん中に一本の緑が若い木が生えている。
その木陰に、一人の男子生徒が腰を下ろし、本の頁をめくっていた。
闇に溶け込んでしまいそうな黒髪が風になびく。
瞳は赤く宝石のようで、肌は女性みたいに白く綺麗だ。
この学園の制服を着ているし、生徒なのは間違いないだろう。
私のことに気付いていないのか、彼は本に夢中だった。
誰なんだろう?
見たことないし、同じ学年じゃないわよね?
もしかして上級生の先輩かしら。
色々な考えが頭に浮かぶ中、その全てが吹き飛ぶような風が吹く。
強い風は彼の髪を大きくなびかせた。
乱れた髪を直す彼のしぐさを見て、別の風が私にだけ吹き抜けていく。
「格好良い――」
一目ぼれなんて言葉がある。
まさしくれそれは、今目の前で起きていた。
たった一度見たしぐさから、名前も知らない彼に惹かれている自分がいる。
婚約破棄されたとか、周りの目がどうだとか。
そんなことはどうでも良くなって、気づけば私は歩み寄り――
「あ、あの!」
彼に話し掛けていた。
「ん? 君は誰だ?」
「は、初めまして! 私はエミリア・シエルと言います!」
感情が高ぶっている。
名前が知りたい。
一緒に昼食をとってほしい。
考えだけがいくつも浮かんでは消え、自分でも何をしたいのかわからないほど、勝手に口と身体が動く。
「もし……もしよろしければ、私の婚約者になってくださいませんか!」
考えていた全てをすっ飛ばして、私は心の奥にあった願いを口にしていた。
たぶん、これが本当の恋と出会った瞬間だと思う。
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