1.浮かれています
恋には本物と偽物がある。
十年分の偽物を経験して、私はそれを知った。
知りたくもなかったけど、今は知れて良かったと思っている。
偽物だからと浮気され、婚約を破棄されて、絶望の淵にいた私は出会った。
一目見て心が震えるほどの恋に、大好きなユートに出会ったんだ。
そうして――
「ふふっ、ふふふ」
その彼から、プロポーズされました。
ついさっき、出会いの場所でロマンチックに。
家に帰った私は、嬉しさのあまりベッドに転がり込んだ。
右へ左へグルグル寝返り、仰向けになって左手を見つめる。
薬指には、彼から貰った指輪がはめられていた。
「はぁ~ 夢みたい」
私は自分の胸に手を当て、心臓が動いている音を聞く。
言葉にした通り、夢みたいに思えて、幸せの中に不安が混ざっている。
その不安も幸福な不安だから、別に苦しくはない。
ただ一つ言えるのは、今すぐにでも彼に会いたいという気持ちだけだと思う。
翌日。
私はいつもより早い時間に起きて、お弁当を作った。
ちょっと作り過ぎたかもしれない。
昨日の嬉しさが寝ても覚めても残っていて、必要以上に力が入ってしまったようだ。
でもきっと大丈夫。
ユートは男の子だし、ちょっと量が多いくらい問題ないはず。
仕度を整えて、私は家を出た。
ベルサール学園の門を潜る。
長い歴史をもつ由緒正しき学び舎で、身分差は関係なく才ある者が集う神聖な学び舎で……
「ユートはまだ来ていないのかしら」
キョロキョロと想い人を探す私は、悪い生徒になってしまったのでしょう。
でも仕方がないのです。
だって一秒でも早く会いたい気持ちは、抑え込むなんて出来ないから。
結局、朝の時間にユートは見つけられなかった。
寂しさを感じつつ、自分の教室へ入る。
すると、一人のクラスメイトが声をかけてくる。
「おはよう、エミリア」
「システィー! おはよう」
彼女の名前はシスティー・クラリス。
小さい頃から知っている幼馴染で私の親友。
その後ろに、見上げる程大きな体の男の子が立っている。
「レオン君」
「おう! おはようエミリア」
彼はレオン・ブライト君。
私の幼馴染の一人で、システィーの婚約者でもある。
彼は三組だけど、朝はよくこの二組の教室にいることが多い。
そんな彼がいち早く、私の左手に煌めく指輪に気付く。
「ん、なぁエミリア、その指輪どうしたんだ?」
「綺麗な指輪ね」
「うん。えっと、実はね? 昨日ユートにプロポーズされたの」
「「えっ?」」
二人がピタリと固まった。
さすがに驚くでしょう。
二人とも、私がユートのことを好きだと知っているし、レオン君はユートと同じクラスだから、彼が普段は地味で目立たないようひっそりと過ごしていることも知っている。
そんな彼からプロポーズされるなんて、私だって最初は驚いたものだし。
「なぁエミリア」
「まだ付き合ってなかったの?」
「……あれ?」
どうやらそういう理由で驚いたわけではなかったらしい。
「てっきりもう婚約してるもんだと思ってたぜ」
「そうねぇ~ エミリアを賭けて決闘までしたのに、まだだったなんて驚きよ」
「そ、そうなの?」
「私たちだけじゃないわよ、たぶん。周りもとっくの昔に相思相愛だと思っているんじゃないかしら?」
「相思相愛……」
ポカーンと頬が熱くなる。
他の人から言われるのと、自分で思うのとはわけが違う。
恥ずかしいけど、すごく嬉しい言葉だった。
「それで、どんな風にプロポーズされたの?」
「え? ど、どうして?」
「だって気になるじゃない。ねぇ、何て言われたの?」
「オレも聞きたいな」
「あなたはそろそろ自分の教室に戻らないと駄目でしょ?」
「え、あ、ホントだ。じゃあ後で教えてくれ!」
レオン君は時計を確認して、焦ったように教室を出て行った。
その後は、興味津々なシスティーに昨日の出来事を話して……思い出しながらニヤニヤが治まらなかった。
午前中の授業はずっとその調子で、浮かれながら受けて、あっという間に時間が過ぎる。
そうしてやってきて。
待ちに待った昼休みの時間に、私は教室を飛び出した。
急がなくても逃げたりしない。
彼はいつのも場所で待っている。
わかっていても、身体は勝手に動いてしまう。
木々を抜け、一本木の下に彼はいた。
「ユート!」
「エミリア」
ユート・バスティアーノ。
私が世界で一番格好良いと思う人で、大好きな婚約者。
悲嘆の先に見つけた、本物の恋の相手。
「走ってきたのか?」
「はい! 一秒でも早くユートに会いたくて」
「そうか……俺も会いたかったよ」
彼は照れながらそう言ってくれた。
私は嬉しくて、ニコリと微笑む。
「今日もお弁当を作ってきました!」
「うん。いつもありがとう。今日は何を――ん?」
「どうかしましたか?」
「……なぁエミリア、明らかに普段の倍はあると思うんだけど……いや、三倍?」
「ちょっと作り過ぎちゃって」
「これちょっとなのか?」
ユートに言われて、冷静にお弁当を見る。
確かに、普段の三倍はある。
朝から晩まで一食で補えそうな量が詰め込んであった。
こんなに作ってたんだ……
今さら気づく。
相当浮かれていたということに。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくて良いよ。エミリアの弁当は美味しいから、三倍でも食べきれるさ」
「ユート……」
「あーでも、明日からは普通の量で良いからね?」
「はい!」
とかいいつつ、その言葉を思い出したら、きっと三倍どころか四倍作ってしまいそう。
さすがに浮かれ過ぎかしら?
第二章スタートです!
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