24.やり残したこと
怖かった。
彼女が何と答えるのか、聞いたのは俺なのに……
もし彼女が拒絶するなら、俺は潔くこの場から去ろう。
そして二度と、彼女の前には現れない。
この時の俺は、それくらいの覚悟をもって彼女の答えを待った。
でも――
「大好きです」
彼女は屈託のない笑顔でそう言ってくれた。
俺が何者でも、何があっても変わらない。
今も昔も、この先の未来でも、変わらない気持ちがあるのだと。
生まれて初めてだ。
こんなにも人の感情に揺さぶられるのは。
たぶん二度とないだろう。
一緒にいて、ここまで穏やかな気分で過ごせる相手は。
そして俺は心に決めた。
彼女に伝えるべき言葉を。
「ありがとう、エミリア」
ただそれは今じゃない。
穏やかな未来のためにも、俺にはまだやるべきことが残っている。
「なぁエミリア」
「はい」
「デートのことなんだけど」
「はい!」
彼女は身を乗り出し、俺に顔を近づけてくる。
予想より反応が良いな。
「今度の休みなんてどうかな? ちょうど三日後だ」
「ぜひお願いします!」
即答されるとは。
「お願いした通り、行きたい場所はそれまでに考えておいてくれ」
「任せておいてください!」
エミリアはすでに楽しそうだ。
まだ始まってもいないのに、こういう無邪気なところを見ていると、心が自然と穏やかになる。
俺は小さく微笑み、彼女に続けてお願いをする。
「もう一つある。明日から数日、俺は学校には来れない」
「えっ……」
「国家魔術師としての任務が入ってるんだ。デートまでには終わるから心配はいらないけど」
「そうですか……」
「そんなにガッカリしなくても……」
「いえ……その……お昼のこの時間がないと思うと……」
そこまで大切に思ってくれていたのか。
この何でもない、ただ寛いでいるだけの時間なのに。
彼女にとっても特別だったんだな。
「ならその分、デートを楽しもうよ」
「ユート……はい!」
そうだ。
彼女との時間を、彼女の笑顔を守るために、俺は――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
洞窟の奥深く。
誰も寄り付かないような暗闇を抜けると、ポツリと明かりが見える。
一つではなく、複数の明かりと共に、男たちの楽しそうな声が響いていた。
「おいおい飲みすぎんなよ」
「構やしねーって。明日もどうせ何もやんねーんだからよう」
「馬鹿か、明日は宝を売りに行くんだろ」
「あーそうだったな。がっはははー! これでしばらく遊んで暮らせるぜ~」
野暮ったい男どもが大宴会をしている。
酒を片手に肉を頬張り、次へ次へと焼いていく。
彼らの後ろには、大量の金銀財宝が入った箱がずらっと並んでいた。
「いやーさすがお頭だぜ。一瞬でこんなにも稼いできちまうなんてよ」
「ふふっ、そうでもないわ。今回はターゲットが間抜けだったお陰よ」
宴会の中に一人、茶色い髪の女性が混ざっている。
「あ~ 例の坊ちゃんですよね? そんなバカだったんですか?」
「ええ、もうほんとに笑っちゃうくらいよ。少し色目を使っただけでほれ込んで、アタシに色々教えてくれたわ」
「頭はべっぴんですからね~ 貴族のぼっちゃんも大喜びだったでしょうね~ どうです? 頭なら盗賊なんて止めて、貴族の女にもなれるんじゃないですか?」
「そういう冗談は止めなさいな。いくらアタシでも、あんな馬鹿と一緒にいたらおかしくなるわ」
彼女と男たちは下品な声で笑う。
「それは俺も同感だ」
そこへ一つ、知らない男の声が聞こえて、彼女たちはピリッと警戒する。
暗闇の中から、黒いコートを纏って顔を出す。
「ミティス盗賊団、女頭領のジェシカだな」
「……誰だい?」
「初めまして、お前たちの死神だ」
「死神? 例の国家魔術師か!? っ……お前たち武器を取れ!」
ジェシカの指示で男たちは武器を持ち、俺に向けて構える。
人数はざっと三十人といった所か。
先に倒した見張りを含めたら、規模は四十人程度らしい。
「どうしてここがわかったんだい?」
「それを教えるつもりはない。後ろの財宝はロストロール家から盗んだものだな」
「はっ! だったら何だって言うんだい! これは渡さないよ」
「お前の意見なんて聞いてない。それは返してもらうし、お前たちには――」
パチン。
俺は指を鳴らし、見えないように隠していた魔術を発動させる。
「死んでもらうよ」
「ごあっ!」
「うっ……」
次々に男たちは倒れいく。
血を吐き、胸を押さえ苦しみながら死んでいく。
理解できずに立ち尽くす彼女だけが、呆けて呼吸をしていた。
「ば、馬鹿な……」
「言っただろう? お前たちの死神だと」
残るはジェシカ一人。
すでに戦意をなくし、腰を抜かしてしりもちをついている。
俺は彼女に近づき、ごみを見るように見下して言う。
「安心しろ。お前は殺さない」
「え……」
「お前はこれから一生を牢の中で過ごすんだ。お前が騙した哀れな男と一緒に、永遠に仲良く過ごせば良い」
「な、何を……」
「それが人を騙し裏切ったお前への罰だ」
殺されたくらいで罪が消えると思うなよ。
一生何もできず、裏切った相手と余生を過ごせ。
その狭い牢の中で何が起ころうと、誰もお前を助けない。
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