22.君の笑顔を守りたいから
初めて人を殺したのは、いつだっただろう?
国家魔術師になってすぐだったかな。
思い出そうとしても難しい。
だって、始まりなんて忘れてしまうほど、俺は多くの人の命を奪ってきた。
罪人ばかりとは言え、人の命を奪う者がまともな人間であるはずがない。
そう、俺は人間じゃない。
周りの奴らが俺を死神と呼ぶけど、まさにその通りだと思う。
「や、止めてくれぇ!」
何人目だ?
命乞いをする奴の、喉元を斬り裂くのは。
「お、俺が悪かった! もう二度と悪さはしない。国にもたてついたりしない! だから命だけは――」
そんな言葉は何回も聞いたよ。
改心したようなセリフを吐くんじゃない。
お前たちだって、これまでにたくさんの人を苦しめてきたはずだ。
その汚れた手で、一体どんな善行をなすというんだ?
「なんで……なんで何だぁ。なんで俺がこんな目に……」
それは簡単な理由だよ。
「お前が悪人で、俺も悪人だからだ」
俺は正義の味方じゃない。
守りたいものなんて思いつかないし、戦いに信念もない。
ただひたすらに、命じられたままに罪人を殺す。
俺が選ばれる理由くらいわかっているさ。
他の誰よりも、俺が強くて、殺すことに長けているからだ。
選ばれることは誇らしいことで、それを虚しいとか、悲しいなんて思うべきじゃない。
だけど、時折感じてしまう。
「ああ……」
俺は一体、何のために生きているんだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
殺すつもりだった。
先の障害となるのなら、ここで消したほうが楽だ。
別にこんな奴を殺したくらいで、国がひっくり返ったりもしない。
俺の持つ権限なら、どんな風にも捏造は出来るし、罪に問われることはないだろう。
それにいつもやっていることだ。
命乞いをする惨めな奴を、ただ無心で貫くだけ。
ユート!
そのはずだったのに……
大好きです!
俺の頭の中には、俺以外の声が響いていた。
彼女の笑顔が、言葉が流れ込んできて、かざした手が止まる。
数秒、理由を考えた。
どうして彼女のことを考えたのか。
どうして彼女のことを考えたら、勝手に手は止まったのか。
答えはすぐにわかった。
ああ、そうか。
俺は彼女に――嫌われたくないんだ。
殺そうとした瞬間、彼女のことを思い浮かべた。
知人が知人を手にかける。
自分のために手を汚すことを、彼女はどう思うだろうと考えた。
浮かんだ表情は笑顔だったけど、その表情が曇って、涙に変わってしまうような気がして嫌だった。
そうあってほしくないと思った。
彼女の笑顔を守りたかった。
「ふっ……滑稽だな」
「は?」
「お前のことじゃないよ」
罪人を殺すことが当たり前になっていた俺が、誰かに嫌われたくないなんて。
そんな風に思える自分がいたことも驚きだ。
とっくの昔にそんな感情、壊れて消えてしまっていると思っていたよ。
俺はまだ案外……人間のままなのかもしれない。
「でもまぁ、このままってわけにもいかないよな」
俺は怯えたブロアに目を向ける。
目が合った途端に震え上がり、涙を貯めているのは哀れだな。
「とりあえず」
「へ?」
「歯くいしばれ」
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その後、ブロア・ロストロールの悪事は公に露見した。
脅迫に殺人未遂。
他にも、屋敷の財宝が盗まれたことや、生徒を装った女性に騙されていたことも全てバレてしまった。
もちろんその情報を流したのは俺だけど、小さな悪事が漏れ出たのは自然なことだ。
ブロアは罪人となり、王城敷地内にある地下収容所に入れられた。
もう彼が、日の光を見ることは一生ないだろう。
貴族相手にこの処罰は異例のことだったが、良い方向に進んでくれて良かった。
「さて……」
俺は一人、木陰で本を片手に涼んでいる。
穏やかな昼の時間。
落ち着いていて、何も考えなくて良いから、一番好きな時間だった。
それも今は変わってしまった。
好きな時間であることは変わらない。
ただ、その理由に変化が起こったんだ。
ずっと変わらないと思っていた日常が、ある日突然色付いて、風のように吹き抜ける。
そろそろ時間か?
なんて言葉が浮かんで、俺は思わず笑ってしまう。
「ふふっ……本当に滑稽だな」
死神なんて呼ばれている男が、他人が来るのを待っている。
早く来ないか、なんて考えている。
一体いつからなんだろう。
いいや、いつからだって構わない。
俺は今も、彼女を心待ちにしていた。
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