20.楽しみにしています
私は浮かれていた。
二人でデートしているという状況に。
いつもと違う積極的なユートに。
それが不自然だとも思ったはずなのに、深く考えないようにしていた。
「ねぇユート、明日のお弁当は何がいいですか?」
「何でも――」
「何でも良いが一番困るんですよ」
「うっ……って言われてもな」
好き嫌いはないと以前に言っていた。
そういうのを考えたこともあまりないのだと。
彼の正体を知った今なら、その言葉の意味も少しだけわかる。
「ならお肉が良いですか? お魚がいいですか?」
「そうだな~ どっちかというと魚かな」
「わかりました! なら明日のメインはお魚にしますね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
そう言ってユートは微笑む。
優しい笑顔だけど、どこか別の所を見ているような気もした。
でも私は気にせず接する。
ユートとのデートを純粋に楽しみたかったから。
それからしばらくブラブラと商店街を歩いていた。
すると、気づけば私たちは商店街から外れ、人通りの少ない路地へ入っていた。
「あの……ユート。この先は何もありませんよ?」
「ああ、知ってる」
そう答えたユートは、まっすぐに路地を進んでいった。
賑やかな商店街からはどんどん離れている。
さすがの私も不安になって、ユートに尋ねる。
「どこまで行くんですか?」
「もう少し先だ。大丈夫」
大丈夫って……一体何を考えているのでしょう。
私にはわからなくて、もっと不安になる。
心なしか冷たい視線も感じるし、嫌な雰囲気が漂っている。
そして唐突にユートは立ち止まった。
「この辺りで良いか」
「ユート?」
「ここなら余計な邪魔も入らない」
「え……」
ユートは振り返り、私の手を優しく握る。
「エミリア」
え、え、えぇ?
何ですかこの状況?
二人きりの路地で、邪魔が入らないって……
まさか、まさかユート……そのつもりなんですか!?
頭の中に流れたのは、とても他人には話せないような妄想だった。
自分の頬が赤くなっているとわかる。
それくらい身体が熱くて、心臓がドクドクとうるさい。
隠しきれない動揺が震えとなって現れる。
人通りの少ない路地で二人きり。
これは間違いありません。
ユートもそのつもりで……でも待ってください!
私たちはまだキスもしていないんですよ?
それなのに……でもでも、ユートがその気なら私はいつでも受け入れる準備があります!
という感じで吹っ切れた私に、ユートは小さな声で言う。
「ごめん、必ず守るから」
「へ? 守――」
次の瞬間、鳴り響く爆発音。
立ち昇る土煙で周囲の視界が閉ざされる。
気が付けば私は、ユートの胸に抱き寄せられ、透明な結界の中にいた。
「ようやく出てきたか。もういるのはわかってるんだ。さっさと姿を現したらどうだ?」
ユートがそう呼びかけると、ポツリポツリと黒い影が姿を見せる。
気配なんて感じなかった。
いつの間にか私たちは、黒ずくめの八人に囲まれていた。
「ユ、ユート」
「暗殺者だ」
「え?」
「俺を殺しに来たか、あるいは君を攫いに来たんだろう」
「そ、そんな……」
「見られているのは気付いてた。でもこうでもしなきゃ、出てきてくれそうになかったんだよ」
そうか。
私をデートに誘ったのも、離れるなと言ったのも、狙われているのに気付いていたから。
学園を出てからずっと、私を守るために……
「やはり気付いていたか」
暗殺者の一人が話しかけてきた。
ユートが答える。
「当たり前だ。俺を誰だと思っている?」
「死神だろう? もちろん知っているさ」
「それを知って挑んでくるとは……命知らずだな」
「そうでもない。我々はプロだからね? 勝算がないのに挑んだりしないさ!」
暗殺者たちが武器を取る。
私にもわかるくらいハッキリとした殺意を向けて。
「ユート……」
「大丈夫」
怯える私を、ユートは優しく抱き寄せる。
「もう終わってる」
「何をっ……馬鹿な」
ユートの言葉通り、戦いならすでに終わっていた。
暗殺者たちは全員、彼の魔術によって拘束され、身動きがとれなくなっていたんだ。
白く光る縄が、暗殺者たちを締め上げている。
「いつの間に……」
「最初からだよ。気付いていなかったんだな」
倒れていく暗殺者たちを見下ろしながら、ユートは言う。
「覚えておくと良い。勝算なんて言葉を使った時点で、そんなものは消えるんだよ」
パチンと指を鳴らす。
すると暗殺者たちは静かになった。
何をしたのかわからないけど、意識を刈り取ったらしい。
「終わったの?」
「ああ」
ホッとひと段落する私に、ユートは頭を下げる。
「え、ユート?」
「すまなかった。君を囮にするような真似をして」
「い、良いですよ。だって私を守るためだったんでしょう?」
「それはそうだけど……」
「なら私は満足です!」
「エミリア……」
「あっ! でもデートが嘘だったのは嫌なので、今度はちゃんとデートしてくださいね?」
次こそは誰にも邪魔されないデートを。
まずはそこが、私にとって重要なこと。
「ふっ……ああ、また誘うよ」
「はい! 楽しみにしていますね」
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