19.悪意は終わらない
ロストロール家の寝室。
ブロアの名前が書かれた部屋で、荒れ狂う彼がいた。
「くそがぁ!」
飾られていた花瓶を割り、子供の様に地団太を踏む。
その姿からは余裕の欠片も感じられない。
「僕が……この僕が負けた?」
ブロアの心は怒りで満ちていた。
自ら仕掛けた決闘で大敗し、惚れた女には裏切られ、取り戻そうとした女にも見限られ。
プライドの塊だった彼は心身ともに痛めつけられた。
とはいっても、彼に対する周囲の評価は、さほど変わってはいなかった。
相手は王国始まって以来の天才魔術師。
それを知って、誰も彼を責めることは出来なかったからだ。
両親も、取り巻きも、クラスメイトも、誰も彼を責めなかった。
むしろこう言う。
「相手が悪かっただけだ」
「気にすることはない。学生のレベルでは、間違いなく君も天才だよ」
それに対するブロアの返答は、ふざけるなの一言だ。
慰めなど惨めなだけだ。
敗者には何の意味もない。
結局ブロアは、何一つ得ることは出来ず、大衆の前で敗北したという記録だけが残された。
「屈辱だ……これほどの屈辱は生まれて初めてだ……絶対に……」
絶対に許さない。
憎悪、憎しみが沸き上がり、彼の心を支配する。
この世で最も強い感情が、正ではなく負で出来ていることを、彼はその身をもって知る。
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チャイムが鳴り、お昼休みが終わる。
「もう時間だな」
「えぇ……せっかくの楽しい時間が……」
「そこまで落ち込むか」
落ち込みますよ。
だって戻ればしばらく離れ離れ。
加えて今は、他の女の子たちがユートを狙って猛アピールしてくる。
気になって午後の授業なんて集中できそうにない。
「呆けてないで行くぞ」
「はい」
ユートが先に立ち上がり、校舎へ戻ろうと歩き出す。
私も重い腰を起こして、置いて行かれないように後へ続いた。
すると、ユートが突然立ち止まる。
「……」
「ユート?」
なぜか真剣な表情を見せている。
そしてユートは小さな声で何かを呟く。
「……そう来るか」
「どうしましたか?」
「いや、何でもないよ。それより放課後はどうするつもりなんだ?」
「え、どうするって帰りますけど」
「予定は?」
「特にはないです」
「なら丁度良い。放課後は俺に付き合ってもらえないか?」
「え……」
しばらく私は、言われた意味を理解できなかった。
理解した途端、声となって吐き出る。
「えええええええええええええええええええええ」
「なっ、何だよ!」
「それはこっちのセリフですよ! ユートが……ユートが私をデートに誘ってくれるなんて!」
「で、デートって……」
ユートは照れて目をそらしている。
今の発言はどう考えてもデートのお誘いで間違いない。
四方八方どこから聞いてもデートのお誘いだったわ。
私は嬉しさよりも先に驚きが勝って、思わず声をあげてしまったけど。
「い、嫌なら良いぞ」
「嫌なわけありませんよ! ぜひお願いします!」
ユートはよく嫌ならと確認するけど、それは不要な確認だ。
彼からのお誘いを、私が断るなんてありえないもの。
たとえ国王様に呼び出されてたって、ユートとの約束を優先するわ。
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午後の授業は集中できなかった。
ユートに迫る女の子たちを想像して……ではなく、ユートとの放課後デートが待ち遠しくてそれどころではなかったから。
「ふふっ」
おっといけないわ。
駄目ね、気を抜くとすぐに顔がにやけちゃう。
今からこんな調子じゃ、放課後まで持たないわね。
とりあえず平常心、平常心……
心と落ち着かせると、ふわっとユートの笑顔が浮かぶ。
駄目だわ。
落ち着こうとしたらユートが出てくる。
そんな感じで忙しく過ごした午後の授業が終わり、待ちに待った放課後。
「エミリア」
「ごめんなさいシスティー! 私これから用事があるの!」
「え、ちょっ――」
「それじゃあまた明日ね!」
システィーには申し訳ないけど、今は一秒でも速くユートに会いたい。
他にも声を掛けられながら、その悉くを受け流し、私が向かったのはお昼を過ごすあの場所だ。
校門で待ち合わせると目立つからと、待ち合わせ場所はあそこになった。
ユートと私以外が立ち入れない二人だけの空間。
私が急いで向かうと、すでにユートが待っていてくれた。
「お待たせしました」
「ああ。走ってきたのか?」
「もちろんです! ユートに一秒でも早く会いたかったですから」
「そうか……まぁじゃあ行こう」
「はい!」
照れるユートも相変わらず可愛い。
私たちはそのまま森を抜け、正門ではなく裏手にある小さな門から出て行く。
人通りは圧倒的に少ないし、ユートの魔術で姿を消していたから、誰にも見られてはいないはず。
「どこに行きますか?」
「そうだな。とりあえず商店街でも行こう」
「はい!」
これって紛れもなくデートよね?
ユートもそのつもりでいてくれるのかな?
「エミリア」
「はい?」
「なるべく俺から離れるなよ」
「ぇ……は、はい!」
何なの?
何なのよもう!
今日のユートはとっても積極的で、私はおかしくなりそうだった。
現在執筆中ですが、おそらく二十五話くらいで物語としては一区切りになりそうです。
まずはそこまでお楽しみに!
先のことはわかりませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。
【面白い】、【続きが読みたい】という方は、ぜひぜひ評価☆☆☆☆☆⇒★★★★★をしてくれると嬉しいです。
追記
アルファポリスでも連載を開始しました!
出来ればそっちでも、お気に入り登録してくれると嬉しいです。




