18.二人だけのひと時
押し寄せる女子たちの声掛けは、授業の合間に続いた。
「エミリアさん! 彼ってどんな子がタイプ?」
「ユート様の素敵だったわ~ 戦ってるときはちょっと怖かったけど、余裕のある男性って格好良くて良いわよね」
「そ、そうね」
様って言ったわね。
ついにそこまできてしまったのね……
私の及び知らぬところでも、ユートに近づこうとする生徒たちを多く見かけた。
釈然としないまま、お昼休みの時間になる。
当然ここでも、彼女たちは止まらない。
「ちょっと落ち着いて! さっきも言いましたけど、昨日のことでユートも疲れてますから、せめて紹介するのも明日以降にさせてください」
そう言って何とか私は教室を出ることが出来た。
私は急いで彼が待つ場所は走る。
少し遅れてしまったし、きっとユートも待っているはず。
学園中が賑やかだけど、あの場所だけはいつもと変わらない。
ユートなら普段通り、本を片手に佇んで――
「お待たせしました!」
「はぁ……」
そうでもなかった。
「ユート!?」
「エミリアか」
「ど、どうしたんですか?」
見るからに疲れている。
というよりやつれているようにさえ見える。
「別に……ただちょっと疲れてるだけだ」
「それはちょっととは言いませんよ」
明らかにブロア様と戦った日の何十倍は疲れている。
戦うより疲れる日常って何なのかしら。
それ以前にユートがこんなにもやられている姿なんて初めて見たわ。
「何があったんですか?」
「……今朝、教室に行ったら――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガラガラと教室の扉を開ける。
目立たない俺は、誰からも挨拶されない。
いつもひっそりと隅っこに歩いて席につく。
昨日の決闘で目立ったとはいえ、あれだけ怖がられていれば、誰も近寄らないだろう。
普段通り過ごせばいい。
そう思っていた。
だけど……
「ユート様!」
「え? 様?」
「昨日の決闘見ました! 凄く格好良かったです」
あれ?
予想と全く違う反応に戸惑った俺に、次々とクラスメイトが声をかけてきた。
声を掛けられるなら罵声。
小声でささやかれるならば陰口。
そう思っていた俺にとって、しばらくの間は理解も追いつかなかった。
波は直に収まるどころか強くなる一方で、授業の合間は本当に忙しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ようやく昼休みになって逃げきれたんだよ」
「そ、そうだったのですね……」
まさかのまさか。
システィーが言っていたことが三組でも起こっていたなんて……
これは本当にピンチかもしれません。
「ち、ちなみに迫ってきたのは男性でしたか? それとも女性でしたか?」
「え、ああ……ほとんど女だったな。何でか知らないけど」
アウト!
完全にもうアウトよ!
間違いなくユートのことを狙っているじゃないですか!
「さっきまで追いかけられて……本当に疲れた。休み時間くらい静かにしてほしいよ」
「私もそう思います。あ、でも待ってください!」
「どうした?」
「追われてたならここも危ないのではないですか?」
せっかく二人きりの場所なのに。
他の女に入り込まれたら最悪よもう!
「今からでも場所を移動したほうが」
「その心配はない」
「え……まさかユートも……他の女の子に囲まれた方が良いと」
「何でそうなるんだよ。違う、ここには誰も来れないっていう意味だ」
「へっ……そうなのですか?」
ユートはこくりと頷き説明する。
「この周辺には元々、近づいてきた者を惑わす結界が張られてるんだよ。特に、ここへ来たいという者は、絶対にたどり着けないようになってる」
「そんな結界が……でも何で私は?」
「たぶんだけど、最初はここへ来るつもりじゃなかったんじゃないか?」
確かに言われてみればそうですね。
最初からユートに会いに来たわけじゃなくて、あの時の私はただ……
「迷っていたらここに」
「だから偶然だよ。君が最初、ここへたどり着けたのは」
「そうだったのですね」
偶然……か。
そう考えると、私は本当に運が良い。
ん?
ちょっと待ってください。
ここへ来ようとする者は結界に阻まれて立ち入れない。
つまり、二回目以降は私も例外ではなかったはず。
それなのに二回目も、今も来れているということはユートが――
「ユート」
「何――だ!?」
「やっぱりユートは最高です!」
「ちょっ、何だよいきなり引っ付いて!」
彼の優しさにまた触れて、思わず私は抱きついていた。
「ユート大好きです!」
「わ、わかったから離れてくれ」
「照れなくてもいいのに。でもそうですね、お弁当もまだですから」
今日もユートのために一生懸命作ってきた。
彼に喜んでもらえるように。
「相変わらず美味いな」
「ありがとうございます」
私が聞くより先に言ってくれる。
これもユートだからだと思う。
お弁当を食べた後は、他愛もない話をして時間を過ごす。
あれだけ騒がしかったのに、今は私とユートの声しか聞こえない。
さっきの話を聞いて、私は密かに安堵する。
この安らぐひと時だけは、私たちだけのものだ。
ざまぁはまだ終わりじゃありませんよ?
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