家族
誰かに呼ばれているような気がして目が覚める。すると視界にはアイスブルーの煌きと金の絹糸。綺麗だなと思いながらボーっとしてその色を見つめる。
「リーザ?」
私を気遣うようにそっと名前を呼んだそれは、私の視界の中で次第に形を帯びて美しい男の人になった。
国外追放の最中、最後の最後に私を信じてくれたお兄様だった。
「お、にい、さま」
3日も目覚めなかったというのは本当だったようで、口の中がカラカラで喉に張り付いて声が上手く出せない。
「リーザ?リーザ、リーザ。ああ、良かった、目が覚めたんだね。一時は熱が40度まで上がってしまって危なかったんだよ。どう?今はもう苦しくない?」
あちこち触りながら私の無事を確認するお兄様。懐かしく感じる兄妹のやり取りに思わず笑みを浮かべてしまう。
「ああ、リーザ。本当に無事で良かった」
私を布団ごと抱きしめるお兄様。
「チェーザレ様、それではせっかく目覚めたお嬢様が苦しくなってしまいますよ」
笑いながら言うジュリアの手にはコップがあった。
「そうか、リーザ、ごめんね」
私はブンブンと首を振る。とっても嬉しかった。私の大好きなお兄様が戻って来てくれたのだもの。
「喉が渇いて苦しいでしょう。お水を飲みましょうね」
ジュリアがそっと抱き起こして、お水を飲ませてくれた。程よい冷たさが喉の渇きを潤してくれる。
「ありがとう、ジュリア。お兄様、心配してくれてありがとう、大好きよ」
喉の張り付きもなくなりスムーズに言葉が出た。
「リーザ……」
私を見ながら涙ぐむお兄様。
「リーザ。本当に、本当に良かった。君が無事で」
再び、私を抱きしめながらお兄様は泣いていた。
ビビアナと知り合うまではこれが通常運転の兄妹だった。妹に甘い兄と、兄を大好きな妹。
永遠に続くであろうと疑う事もなかったその絆すらも、簡単に壊したビビアナが心底恐ろしいと、今更ながらに感じてしまう。
ほどなくして、思い切り扉が開いたかと思ったら
「エリーザ!目が覚めたって?」
「エリーザ」
背の高いガタイのいい男の人と、とても美しい女の人が入ってきた。
「おじい様、お母様」
私が呼ぶと、二人は満面の笑みを浮かべ
「エリーザ、やっとお目覚めか?我が家の天使は随分と寝坊助だな」
「本当に。エリーザ良かった。体調はどう?」
「もうすっかり。心配かけてしまってごめんなさい」
ペコリと頭を下げて謝ると
「ふふ、何を言ってるの。子供は親に心配をかけるのが仕事の一つよ」
そう言いながら私を優しく抱きしめてくれたお母様。
「よし、次はじい様だ」
そう言って近寄ってきたおじい様をお母様が制した。
「お義父様、あなたはエリーザが完治するまでお待ちになってください。病み上がりにお義父様の力強いハグは危ないですもの」
キラキラが舞うような美しい笑顔で言うお母様。
「マルツィアが酷い」
両手で顔を覆い、泣くフリをするおじい様。190㎝を軽く超える巨体で筋骨隆々、シルバーグレーの長い髪を後ろに縛り、口元には同じシルバーグレーの髭。アイスブルーの眼光は鋭く、その辺の魔物なら素手で倒してしまうほどの戦士が猫背で泣くフリは、大きな熊さんが泣いているようで可愛い。
「おじい様、優しくしてくれますよね」
そう言って両手を広げると、途端に笑顔になったおじい様は、まるでスポンジケーキを抱きしめるように優しく抱きしめてくれた。
「ふふふ、良かったですわね、お義父様。そのまま絶対に力は入れないでくださいね。もしそんな事をしたら私の魔力を口からぶち込んでしまいますわよ」
金の絹糸のような美しい髪。長い睫毛の奥に見えるのは深い紫の瞳。魔力が高く美しかったお母様は、王家から婚約を打診されたらしい。けれどその話を蹴って愛していたお父様の元へ嫁いだそうだ。今も尚、社交界の華と呼ばれているお母様。お腹は黒くないけれど無意識に言動が黒い。
「お父様にはお知らせしておいたから、きっと早めに帰ってくると思うわ。だから今のうちにもう少し休みましょう」
そう言うと、おじい様を剥がし、お兄様を連れて部屋をあとにした。
「さあ、一度お風呂にお入りになってから休みましょう?」
ジュリアに言われ、お風呂に入ってさっぱりしてから、もう少し休むことにした。
次に目が覚めた時は、ベッドの横で突っ伏して眠っているお父様がいた。お母様からの知らせを受け取ったお父様は、あの後すぐに帰ってきたらしく、私が目覚めるのを待っているうちに眠ってしまったらしい。
「お父様?」
私の呼ぶ声に肩がぴくっと動くと目を覚ましたお父様。私を愛おしそうに見つめ抱きしめてくれる。そして
「お帰り」
そう優しく言ってくれた。
心にその言葉が染み渡る。
「ただいま」
なんとか一言だけ言うと、私はお父様の胸で大泣きしてしまった。
今あるこの時を、私は大事に生きたい。お父様の胸で泣きながら、私は心の底からそう思ったのだった。