確たる証拠
「誰よ!?」
彼女が鬼の形相で、自分の後ろを睨みつける。するとまたもや野次馬の中に道が出来る。
私より少し濃い色の金の髪を煌かせ、アイスブルーの瞳を細めて笑うお兄様だった。途端に黄色い声が上がる。お兄様は、そのまま私の正面に立ち、極上の笑みを浮かべた。
「リーザ、会いたかったよ」
こめかみのキスを落とす。
「お兄様ったら、少し前まで一緒におりましたでしょ」
私が笑えば、少し拗ねたような顔つきで再び先程と反対のこめかみにキスをする。
「それでもだよ。私は少しでもリーザと離れると寂しくて死んでしまう」
「おい、いい加減にしろ。兄妹でイチャイチャするな」
腰に腕を回されたかと思ったら、そのままぐっとラフィ殿下に引き寄せられた。
「はいはい。ホント、心が狭いんですから」
ラフィ殿下に嫌味を言って、次は偽聖女に対峙する。
「今の時点で正直に罪を認めて、謝罪のひとつでもしてくれたら少しは赦そうという気持ちになったのですが。本当、往生際が悪い」
「チェーザレ様?私じゃないんですう」
媚びるような声色で言った偽聖女が、お兄様に向かって飛び込んでいこうとしていたのを、お兄様は笑顔で避けた。
「街中、裏通りの酒場」
そんな偽聖女にお兄様が言うと、明らかに顔色が変わったのが見て取れた。
「あそこはね、あくどい事をしている割にというか、だからこそというか、依頼をした人物とご丁寧に契約書を交わしていてね。まあ、いざという時の為の証拠としてだったんだろう、そこはしっかりやってたみたいでね。君にも身に覚えがあるでしょ」
そんなお兄様に首を傾げる偽聖女。
「身に覚え?全くありません」
「あはは、君ってさ、わかってはいたけれどバカだよね。この話を切り出している時点でその契約書がこちらにあるって想像できそうなものなのに」
手元に持っていた書類を偽聖女に見せる。
「ほら、ここに君の名前が書いてあるよね。これにはリーザの殺害依頼が記されている。死体の処分までが依頼になっているね」
「こんなの知らないわ!きっと誰かが私の名前を騙ったのよ」
案の定、偽聖女は否定した。
「それは出来ないよ。私は言ったよね。奴らはご丁寧に契約書を交わしていると。この契約書はね、本人がちゃんと名前を書かないと、書けないようになっている特殊な紙で出来ているんだ。国の重要な事柄を決めるような時などに使う高い紙だよ。だから、誰かが捏造するとかは絶対に出来ないんだ」
書類に書かれている自分の名前を見て、ギリリと歯ぎしりをした偽聖女はそのまま書類をビリビリに破いてしまった。
「これで証拠も何もなくなってしまったわね」
先程までの媚びへつらった雰囲気は全くなく、顔を歪ませ不気味に笑う。それを見ていたお兄様は焦る様子もなく笑っている。
「ふふ、本当にこちらが思っていた通りに動いてくれる。ねえ、偽物の聖女様。大事な証拠を簡単に君に渡すと思う?それはね、偽物だよ。コピーとして作ったもの。本物はすでに陛下の元にある。残念だったね。証拠の隠滅は失敗してしまったね」
「……やっぱりあんたは私を裏切る男だったわ」
お兄様を睨みつけるその表情は、もう可愛らしさも何もなくなっていた。それを聞いたお兄様は、不敵な笑みをうかべながら更に偽聖女に近づいて小さな声で言った。
「裏切るも何も、最初から私はエリーザの為だけに生きているからね。前のようなバカな女に引っかかるなんて事は二度とないよ」
「あんた、記憶があるのね」
「そういう君もあるようだね。じゃあ前のようになんでも自分の都合のいいように進まない現実に戸惑っているんじゃないかい?高位の貴族令息をホイホイ釣ることが出来なくて残念だったね。どうだい?何もかも前とは違う世界は?」
高らかに笑うお兄様を横目に、悔しそうな表情をする偽聖女。
「私から言わせてもらえば、前の世界の方がおかしかった。今のこの世界が正常なのだと思っているよ」
「……うるさい……うるさい、うるさいうるさい!」
気が触れたかのように喚きだす偽聖女。
「あんたたちがどう言おうが、この世界の中心は私なのよ。いい?この世界はゲームの世界なの。私が主人公のね。私を愛するためにあんた達は存在するのよ。大体なんなのよ、神獣って。そんなの、このゲームには出てこなかったじゃない。出てきたなら主人公である私に味方すべきでしょ」
凄い勢いで喚き散らす偽聖女。何を言っているのかは理解できないけれど。尚も喚き散らしは続く。
「なんであんたみたいな悪役令嬢が神獣なんて従えちゃってんの?意味わかんないんだけど?それにさあ、なんであんたが私のラファエロの婚約者候補とかになってるわけ?ラファエロは私の最愛の彼なの。彼を攻略するために体張ってたっていうのに。ねえ、なんで悪役令嬢がいい思いしちゃってるの?おかしいよね。あんた、なんかやったでしょ。ねえ、答えなさいよ!!」
あまりの迫力と意味不明な発言に、肩がビクッと震えてしまった。
「あはは。何かわい子ぶっちゃってるわけ?そうやってプルプル震えていれば誰かが守ってくれる?そんな悪役令嬢がいるかってのよ。ああ、やっぱりいらないわ。いらない」
そう言ったかと思ったら、物凄い速さで私に向かってきた。




