二匹のアイドルと宰相の息子
「貢物が増える一方ね」
私の机の上には、色々なお菓子が置かれている。初日から皆の心を鷲掴みにしたらしいルーチェとオスクリタにと、クラスの方たちは勿論、他のクラス、他の学年、先生たちまでくれるのだ。
そもそものきっかけは園内にある大きなカフェでクラスの方数人とランチをしている時。今まで背中に背負っていた風呂敷を器用にほどき、中に入っていたお菓子を美味しそうに食べ出す二匹を見て大いに沸いた時だった。
「使役獣というのは、お菓子が食事なのですか?」
一緒にいた令嬢の一人に聞かれ
「食事は私の魔力なのですけれど、試しにあげたマドレーヌを気に入ってから、すっかり甘いものの虜になってしまったのです」
大きなクッキーを小さな両足で必死に押さえて食べている姿に、令嬢たちからキャーキャーと黄色い声が沸き起こる。そしてどんどん口コミで話が広がり、どんどん貢物が増えたのだ。
学園長先生がお菓子をあげると触らせてくれると聞いたと、菓子折りを持って来た時は流石に驚いてしまった。
そんなこんなで今に至る。二匹はもう自分の風呂敷だけでは足りないと、私に空間魔法の使い方を覚えさせ自分たちの為に使っている。
「ルーチェとオスクリタはすっかり有名になったね」
放課後、馬車が来るまでの時間を潰そうとカフェでお茶をしていると、お兄様がやって来た。
「そうなの、もう大変」
学園長の話をしてやると大笑いしたお兄様。
「リーザが学園生活を楽しんでいるようで良かった」
「ふふ、楽しいわ。この子達もいるし、お兄様もいてくれるもの」
「私も、リーザがいると思うだけで幸せな気持ちになるよ」
それはそれは優しい眼差しで見つめてくれるお兄様。私もニコニコとお兄様を見つめ返していると
「また兄妹でイチャイチャしてるな」
私の後ろから耳元で囁く声がした。あの登園初日からずっと、事あるごとに背後から声を掛けてくる。その度に私は身体が震えて、腰が砕けてしまう。
「ラフィ殿下。殿下のお声はすっかり覚えましたからもうお止めください」
耳を押さえながら振り返ると、悪戯が成功したやんちゃ坊主のような顔をしている殿下。
「いちいち可愛らしく反応されるとな、止められない」
悪びれる様子のない殿下をお兄様が睨む。
「リーザ、今度また変態王子がどうしようもない悪戯をするようなら私に言うんだよ。城に帰らせるから」
ニコッと黒い笑みを作るお兄様。
「おまえ、本気だろ」
殿下が突っ込むと、黒い笑顔継続のお兄様。
「勿論。妹を守る為ならなんだってしますよ。例え王家を利用してもね」
流石のラフィ殿下もちょっと身震いしていた。
「チェーザレは怒らすと一番怖いんだ」
私にそっと告げる。
「ではラフィ殿下、お兄様を怒らせないようにしませんと」
私も黒い笑顔に挑戦。
「いや、リーザ……可愛いだけだから」
練習しよう。私は密かに決意したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バイアルド殿下の付き添いでカフェに来ると、エリーザ・オリヴィエーロがお茶を飲んでいる姿が目に入った。バイアルド殿下は偶然なのか故意なのか、何気なくエリーザ嬢が見える場所に席を取った。まさか、まだ諦めていないのか?
私はこの学園の1年生を経験するのは今で2度目だ。1年生が終わった少し後、領地で過ごしていたはずが王都に戻っていた。しかも学園に入る数年前に。時が戻されていたのだ。
前の私はエリーザ嬢を冤罪で国から追い出す手伝いをしてしまった。その時は本当に自分たちが正義だと信じていた。聖女である彼女が嘘を吐くわけがないと、碌に裏付けも取らずにエリーザ嬢を罪人だと決めつけてしまった。宰相の息子である自分が何をしているんだと、後に散々後悔することになるのだが、あの時の私は彼女を守りたい、その気持ちのみだった。
正直、エリーザ嬢が暴漢に襲われて亡くなったと聞いた時も、彼女を虐めた挙句、殺そうとした奴なのだから自業自得だと思った。
しかしその数日後、宰相である父上から衝撃の事実を知らされることになる。
エリーザ嬢の家族の情報を元に、父上が今回の事を全て調べ上げた結果、エリーザ嬢は冤罪だった。聖女を虐めた事実など全くなかった。更に、エリーザ嬢を襲った暴漢は聖女が雇った人間だという事実が発覚した。チェーザレ様の体内から痺れ薬が検出された事も。馬車に乗る前に聖女が飲ませたシャンパンに入っていたと。
しかし、彼女は今や、バイアルド殿下の妃だ。国王が側妃と共に亡くなって、第一王子が亡くなって、突然国王になったバイアルド殿下の妻。王妃になったのだ。彼女は王妃になっても尚、重圧に耐えられないと私に縋った。私も彼女を妻には出来なくとも、支えになろうと身体を重ね続けた。
そんな自分がいきなりおぞましいもののように感じて恐ろしくなった。もうとてもではないが、ここで暮らしていく事は出来ない。罪の意識と自分のおぞましさで半分気がふれていたと思う。私は、領地に引っ込んだ。
そのすぐ後、王都が滅んだと父から知らせが来た。オリヴィエーロ家が国を離れたらしい。いずれここもやられるだろう。そう思いながら眠りに就いたら時間が戻っていた。
これはやり直すチャンスを神様からもらったと考えていいのだろうか。そうであるならば、私は二度と同じ過ちはしないと誓おう。それがエリーザ嬢への贖罪になると信じて。