学園入学
「懐かしい」
目の前に広がる王立学園を見上げて、ふと零れた独り言。
『ここがエリーザの学校か』
『マドレーヌあるか?』
「……」
独り言が独り言ではなくなってしまった。
「ルーチェ、オスクリタ。ちゃんと学園に許可は取っているとはいえ、大人しくいい子にしていてね」
二匹の頭を優しく撫でる。
学園側には使役獣として申請を出している。使役獣であれば、常に主の傍にいることは許されるのだ。学園長は自分の代で使役獣を見る事ができるなんてと喜んでいた。
家の者たちからお菓子を詰めてもらった風呂敷をそれぞれ背中に背負っている二匹。この姿を見て誰も神獣だとは露ほども思わないだろう。
学園の中へと足を踏み入れ、案内板を確認する。前と一緒ならば南側の2階が教室のはず。
「どうした?迷ったのか?」
そんな声が聞こえた。ここは無駄に大きいから、迷う方もたくさんいるわよね。そう考えながら案内板を見続けていると
「おい、聞こえないのか?」
後ろから腕が伸びてきたと思ったら、伸びてきた方と反対の肩を掴まれ後ろから抱かれた形になったまま倒れ込むように引かれる。
「キャッ」
なんの構えもしていなかった私はそのまま後ろの人物に背中から身を預けた体勢になってしまった。
「私を無視するとはいい度胸だな」
声の主の顔を見る。
「ラフィ殿下?」
「リーザ、私の声をまだ覚えていないようだな。これは由々しき問題だな」
頭を傾け、私の左の肩口に顔を寄せる。
「リーザ」
低くて甘い声で名前を呼ばれる。吐息が耳たぶをかすめた。声に魔力でも乗せたのだろうか、背中がゾクッとした。
初めての感覚に驚いて身を捩り、ラファエロ殿下の腕から逃れるも、鼓動が太鼓のようにドンドンと鳴り響く。
したり顔のラファエロ殿下は笑いながら、再び私との距離を詰めて腰を掴み耳元で囁いた。
「俺の声を覚えるまで、何度でもやるからな」
瞬間、身体中が電気が走ったように痺れて、私は腰を抜かしてしまった。
登校一日目から大注目を浴びている。
腰を抜かし、膝から崩れ落ちる私を支えてくれたラファエロ殿下は、そのまま私を横抱きにして園舎の中へと進んだ。殿下の前にはお澄まし顔のルーチェとオスクリタが、先導しているかのように歩いている。
自分でも熱を感じる程、全身が羞恥で熱くなっている。あまりにも恥ずかし過ぎて顔を両手で覆い誰にも見せないようにしている。手の隙間から周りを見ると、皆がこちらに注目しているのがわかる。とても手をどかす事など出来そうにない。
「リーザ、これで私たちの仲は学園中に知れ渡ったぞ」
鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌のラファエロ殿下。良かったなと笑いかける顔がむかつくけれどイケメン過ぎる。
「バカ」
辛うじて出た言葉。不敬だろうがなんだろうが、もうそれが精一杯。
言われたラファエロ殿下は怒るどころか、更に嬉しそうに豪快に笑った。
結局、教室の中までそのまま送り届けられ適当な席に座らされた。
「ずっとこのままだったら、また私が迎えに来るから。ルーチェ、オスクリタ、その時は私に知らせるんだぞ」
ピシッと座っている二匹は、了解とばかりに「ニャー」と鳴いた。
好奇の視線が溢れる中、ラファエロ殿下が去ると、入れ替わりで先生が入ってきたので、いきなりの質問攻めにあわなくて済み少しホッとする。時間が経てば気持ちに余裕も出来、周りをぱっと見渡した。すると、教室の一番奥にバイアルド殿下を見つける。
金髪にブルーアイズ。いかにも王子様という風体。隣にいるのは宰相の息子だ。ミルクティー色の髪と瞳。忘れもしない私を断罪した人たち。
二人の断罪者に遭遇した私は……意外にも気持ちが揺さぶられることはなかった。
足元にいた二匹が、私の視線の先に気が付いて、自分たちも見ようと机の上に飛び乗った。
『あれは第二王子と宰相の息子だね』
『そういえば同じクラスだったか』
警戒した様子でひと睨みするもすぐに止めた。
『とりあえず今は、なんの敵意もないな』
『そうだねえ、宰相の息子の方は敵意どころかちょっと怯えてるみたいだし。平気だね』
そんな二匹の話を聞いていると、先生が私の名前を口にしたのを聞いた。
意識を先生の方に戻すとちょうど使役獣の説明をしていた。
「だからだな、あの子達にはエリーザ嬢の許可なく触ったりしないように。容赦なく攻撃されるからな。このままついでにエリーザ嬢、使役獣たちを含めて自己紹介をいいだろうか?」
「はい」
私はその場で立ち上がって一礼する。
「エリーザ・オリヴィエーロと申します。1学年上には兄が在籍しています。そしてこちらの金の毛並みの子はルーチェ、こちらの黒の毛並みの子はオスクリタと申します。何かとお騒がせするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
再び一礼をして席に着く。
すると、何故かたくさんの拍手をいただいてしまった。二匹は自分たちへの賛辞に「ニャー」と嬉しそうに鳴く。私は恥ずかしくなってしまい、再び両手で顔を覆う羽目になった。