恋心と兄の覚悟
あれから3年近く経った。
前の時と今は、いくつか違う点がある。まずは国王陛下がしっかりと国を治めている。愛する王妃様を亡くしてしばらくは、全く何も出来ずに泣いて過ごしておられたらしいけれど、ラファエロ殿下とお父様と宰相様で、叱咤激励し続けた結果、見事に復活したそうだ。
ラファエロ殿下曰く、飴、鞭、鞭の順番が効果的だったそうだ。具体的にどうしたのかは教えてくれなかった。
私もバイアルド殿下の婚約者ではなく、ラファエロ殿下の婚約者候補になっている。
お茶会には参加しなかったにも関わらず、側妃経由でバイアルド殿下の婚約者にという打診が何度かあったらしいが、ラファエロ殿下とお父様が全て握りつぶしてくれていた。
そしてラファエロ殿下はいつの間にかお父様に婚約の話を持ち込んでいたらしく、お父様から彼の婚約者候補になったと知らされた時はとても驚いてしまった。
この3年、たくさんの時間をラファエロ殿下とお兄様と三人で過ごしてきた。ラファエロ殿下は私をとても大切にしてくれた。
ラファエロ殿下本人も私を婚約者候補にすることを許してもらえたと、嬉しそうにしながら私に抱き着いて報告をしてくれた。すぐにお兄様と二匹のナイトに剥がされていたけれど。
けれども何故か私の心はどんよりしていた。
私の心がどんよりしていた理由は、そのすぐ後で明らかになった。
夕食の時、何気なくお母様が言った言葉。
「ラファエロ殿下の婚約者候補って、エリーザ以外にどれくらいいるのかしらね」
その瞬間、私の心が叩きつけられたかのように痛んだ。
「そりゃあ、たくさんいるだろうな。両の手で足りんかもしれん」
おじい様が話に乗ってきた。
「実際の所はどれくらいいるんだ?」
ニヤニヤとしながらお父様を見るおじい様。
「さあ、正確な人数は把握してない。これからだってどうなるかわからないからな」
「ああそうか、更に増えるという事もあるのか。まあ、あの坊主はチェーザレと互角で渡り合える実力者だし、何と言っても顔がいいしな。引く手あまたというやつか。羨ましいな」
「嫌だ、お義父様。まだモテたいのですか?」
「そりゃあ、いつまででもモテていたいのが男ってもんだろ」
ギャアギャアと二人が言い合いをしてるうちに話題が逸れた。
なんともないという顔をして食事を続けるけれど、私はわかってしまった。自分があくまでも数ある候補者のうちの一人であることが嫌なのだと。一緒に過ごしていくうちに、どうやら私はラファエロ殿下のことを好きになっていたらしい。
自覚した途端、妙に納得したと同時に、これ以上は好きになってはいけないと思う自分に遭遇した。人の気持ちなんて理性でどうこう出来る訳はない。わかってはいるけれど、そう言い聞かせなければ泣きそうになる自分が嫌で、膨らみ出したその気持ちに大きな蓋をした。まだきっと大丈夫なはずだと信じて。
穏やかに晴れた休日。私は二匹と中庭で寛いでいる。ルーチェの白っぽいフワフワな胸毛を撫でていると
『俺のも』
オスクリタは私の足元でひっくり返った。猫ってこんな簡単にお腹みせるものだったかしら?ちょっとおかしくなりながら、二匹の胸毛を一度に撫でた。
「なんとも愛らしい光景だな」
「ラフィ殿下、お兄様」
16歳になった殿下とお兄様。二人とも背が伸び、今は私より頭一つ大きい。おじい様やお父様とずっと剣や体術の訓練をしていたおかげで、すらっとしているが逞しいのがわかる。王立学園では、それはもう凄い人気らしい。
そんな二人が甘い匂いをさせてやって来た。
『いい匂いがする!』
『お菓子だ』
ひっくり返っていた二匹が二人の傍に走り寄り、一生懸命クンクンと匂いを嗅いでいた。
ラファエロ殿下には二匹を紹介してある。殿下は驚いてはいたけれど、二匹の存在を凄く喜んでくれた。
「おっ、やっぱりわかったか?ここに来る途中に、美味いと評判の店で買ってきた」
「わざわざ並んでね」
「お二人で並んで買ったのですか?」
「そう」
それはさぞかし、周りから注目された事だろう。嬉々として並んでいたラファエロ殿下と嫌そうな顔で並んでいたお兄様。そんな情景が浮かんで思わず笑ってしまった。
「リーザ、想像したな」
「ごめんなさい。対照的な表情で並んでいる二人が想像できてしまって」
ムッとした表情のお兄様に謝るも、私の緩んだ顔は収まらない。
「緩んだ顔でも可愛いな」
お兄様が私の頬を指先で撫でた。
「おい、兄妹でいつまでもイチャイチャするな。俺のリーザだぞ」
ラフィ殿下が二匹に跳びかかられながら間に入ってきた。
「1週間ぶりなんだからいいでしょう。それにまだ、ラフィ殿下のリーザではありません」
寮生活をしている二人は、週末になるとほぼ毎回、こうしてお土産を持って帰って来てくれるのだ。
『そんなのどうでもいいから早く食べたい』
『食わせろお』
ミャーミャーと鳴いて抗議する二匹に
「早く食いたいって言ってる気がする」
ラファエロ殿下が察知した。
「あと少しでリーザも学園に入学だな」
「はい」
「例えなにがあっても私が守るから」
少し思い詰めた表情のお兄様が私の頭を撫でる。
「そうだな、俺もいるしな」
ラファエロ殿下はお兄様とは逆に、任せておけと笑った。
「はい」
もうすぐ学園生活が始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は一体今まで何をしてきたんだ。誰よりも愛していた最愛の妹に敵意を向け、何も調べもせず彼女の言う事を真に受け、断罪に手を貸し、妹を縛り上げる事までしてしまった。
馬車の中で自分の過ちに気付いたが、あまりにも遅すぎた。
妹を追放するための馬車に同乗する直前に、彼女から二人で乾杯しようとシャンパンを渡された。ちゃんと考えればそのタイミングで乾杯なんてと、泣きながら震える程怖がっていた妹がすぐ隣に、馬車の中とはいえいるのにおかしいだろうと分かったはずなのに。
いや、初めからおかしかったのだ。およそ私の好みとはかけ離れた彼女に入れあげるなんてあり得ない事だった。愛する妹を迫害するなんて死んだ方がマシだと思う事だった。
妹が次々と犯されていくのを何も出来ずに見せられて、私は発狂した。力が入らない身体をがむしゃらに動かし、声の限りに叫び続けた。そして背中が急激に熱くなって意識が飛んだ。
目覚めた時には、まだ何も起こっていない時間に戻されていた。妹がいるのか心配になり慌てて妹の部屋に向かう。妹は穏やかな顔でぐっすりと眠っていた。
これは神が与えてくれたチャンスに違いない。私が記憶を持ったままなのも、二度と繰り返すなという事だろう。
もうすぐ、妹が学園に入学する。そこから数か月先、あの女が入学したところから私の贖罪が始まる。絶対に間違えたりしない。私は妹を絶対に守る!