タイムスリップデート
階段を駆け上がって、吐く息が白く煙のように立ち上った。
僕は毎日朝7時3分発の快速電車の4両目に乗って学校に行く。
扉は一番後ろの左側だ。
まるで魔法の呪文のように手順を厳密に守るのには理由がある。
そう、これは召喚魔法なのだ。
電車がゆっくりと減速し、先頭車両が僕の目を通り過ぎていく。
2両目・・・3両目・・・・4両目で停まった。
数秒後、扉はゆっくりと左右に開く。
”オープンセサミ、ひらけゴマ。”
僕は心の中で、まあだいたいそんな感じで叫んでいる。
僕のスタートの駅をゴールとする人たちが降りてくる。
サラリーマン数人に、女子高生がたくさん。
その中の一人が、かぐや姫だ。
かぐや姫はいつも同じ電車の同じ車両に乗っている。
もう1ヶ月になる。
僕は一瞬で恋に落ちた。
かぐや姫ってのは僕の勝手につけた名前。
僕にもっと表現力があればいいのだけど
とにかくそういう感じの子なのだ。
とにかくかぐや姫は今日もその車両に乗っていたんだけど。
かぐや姫はパジャマ姿だった。
姫は僕のわずか数センチ隣を通り過ぎていく。
しかし、不思議なのは姫の姿を誰もおかしいと思っていないことだ。
学校なんて行っている場合じゃない。
僕は学校をさぼって姫のあとをつけることにした。
その際、僕はひとつの仮定をたてていた。
姫は僕にしか見えないんじゃないかと。
じゃあ、幽霊なのか?
でも、すれ違ったときにシャンプーの匂いがした。
幽霊にしては生々しすぎる。
かぐや姫は自動改札を出て学校の方に向かう。
僕はその後を尾行する。
僕は姫を追いかける。
手前の角を曲がって数十メートル進むと、彼女の通う女子校。
僕は彼女の姿が見えなくなると、駆け出して姿を探す。
あれ、いない?
「あの、さっきから私の後をつけておられたようですが、なにか御用でしょうか。」
突然、背後から話しかけられて僕は心臓が飛び出そうになった。
まるで、鈴が喋ったらこんな感じの声になるんだろうなという、よく響く美しい声。
「なるほど、そういうことでしたのね。」
僕の言い訳を聞いた姫は、怒るわけでもなくにっこり微笑む。
「私にも訳がわからないんです。気がついたら駅にいまして、とりあえず学校に行こうかと。困ったものですわ。」
姫は言葉の割には困った様子もなく、人差し指を口元にあてる。
近所の公園に移動して、僕はかぐや姫と話した。
登校中の女の子たちが不審そうな顔で僕の顔をみながらを通り過ぎていく。
姫の名前は千湖というらしい。ちょっと昭和チックな名前だ。
チコの異変はどうやら学校と睡眠が何かのキーになっているようだ。
今までも何回か同じようなことがあったそうで、学校の門をくぐるとチコの時間は時系列にもどるらしい。
「私の通学時間だけ、時間がおかしなことになっているようですわ。」
「僕があとをつけてることは・・。」
「はい、存じ上げておりました。だってあなたは電車から降りた私を見ていらっしゃったから」
僕は赤面した。パジャマ姿の女の子を凝視するなんて、きっと軽蔑されただろう。
そんな僕の心の動揺を気にせずにチコは少し前屈みになって僕のほうを見た。
少し開いた胸元から・・・。
「私の姿は誰にも見えないようで、あなたがやっと気づいてくれたのはうれしいんですよ。それで、お願いがあるんですけれども・・・。」
それから毎朝、僕は駅のホームのベンチで彼女を待つことになる。
いろいろ聞いてみたが、彼女にもどうしてこんなことになったのかさっぱりわからないそうだ。
そもそも肝心のチコ自身が、そのことにあまり関心がなかった。
「いや、でも困らない?」
「もう慣れましたし、少し寒いのを辛抱しないといけないのがつらいくらいでしょうか。」
「本当に?」
「私はただ、こうやって話を聞いてもらえるだけで満足なんですが。いけませんか?」
そう言われると返す言葉がない。
僕にとってもこうやって毎日彼女とおしゃべりできるメリットはあったんだけど。
これってパジャマデートというやつだろうか。
いや、僕はパジャマじゃないしここは彼女の家でもない。
でも、僕は欲張りになっていた。
放課後にだって会いたい。休みの日にはデートしたい。
そうだ、放課後に会いに行こう。
そして、その日がダメでもデートの約束をすればいいんだ。
僕はその日の放課後、チコを待ち伏せし、1人になるのを待って背後から声をかけた。
「チコ!」
チコは振り向き僕の顔を見て怪訝そうな顔をする。
「あの、私あなたとどこかでお会いしましたでしょうか?」
「うーん。どうしてなんでしょうね。」
翌日、その話をチコにすると、わからないと言った。
「ひょっとしてこの世界のチコさんと私とは別人なのかもしれませんね。」
僕は家に帰ってから考えた。
朝のチコと夕方のチコは同じじゃないけど同じはず。
でも、夕方のチコは僕のことを知らなかった。
じゃ、チコはいったい、誰なんだ。
チコが言ったようにパラレルワールドなんだろうか。
うーん、さっぱりわからない。
「今日はこのまま遊びに行きませんか?」
ある日、チコは僕をデートに誘った。
今日は創立記念日で休み、僕はチコに会うためだけに駅にいた。
それを知っていたのか、偶然か、チコは僕を誘ったんだ。
「海を見に行きたいです。」
「海って寒くない??」
「いいんです。今行きたいんです。」
チコがめずらしく頑固に主張したので、僕たちはバスに乗り海を見に行った。
夏には賑わう海岸も冬の現在は人の姿もなく、僕たちは二人きりで砂を踏み海岸線を歩いた。
「やっぱりちょっと寒いですね。」
チコはそういうと僕の腕に両腕を絡ませ頬をつける。
「こうすれば寒くないです。」
彼女は幽霊じゃない。
パジャマを通して彼女の柔らかさと暖かさが伝わってくるから。
僕たちはそのままゆっくりと歩き続ける。
気がつくとチコは泣いていた。
寄り添ったまま僕の顔を見る。
「連れてきてくれてありがとうございました。どうやらお別れのようです。」
「え、チコ・・・・、なんで?」
「やっぱり私は死んでいたみたいです。今朝わかりました。」
「え、でもチコは学校に行ってたじゃないか。」
「そうですね。あの時はまだ生きていました。火の不始末で家が火事になって・・・私は今日死んだんです。」
「ああ、これで死んじゃうなって思った時、気がつけば私は駅にいました。」
「じゃあ、君は幽霊なの?」
「そうじゃないと思います。パラレルワールドってご存知ですか?ここはおそらく私の世界じゃありません。私はどううやら死ぬ直前にこの世界に飛ばされたみたいです。さらに過去の時間にタイムリープもしていたんです。」
僕は混乱した。
「わからないことだらけだ。チコは別の世界の人で、今日死んだって?じゃあ、この世界のチコはどうなったんだ?」
チコは微笑んだ。
「安心してください。この世界のチコは死なないと思いますよ。だって私が来たことで運命が変わりましたから。」
昨日こちらの世界のチコが眠った瞬間にチコは目を覚ました。そして全てを思い出して火事を未然に防いだ。
そしてチコは悟ったそうなのだ。パラレルワールドの2人のチコの運命が変わったことによって、彼女はもうこの世界にいられないことを。
ああ、そうか。チコが今日学校に行かなかったのは、彼女が学校に行くことがなかったからなのだ。
まったくそっくり同じのパラレルワールドは今日分岐した。
こちらの世界のチコがちゃんと制服を着て登校し、パジャマのチコは僕とここにいる。
もうこの世界に彼女の戻る時間は存在しない。
チコは・・・僕の知っているチコは元の世界へと消えてしまうのだ。
チコの姿が二重写しになり、背後に炎が見えた。
それと同時に僕の頭にも霧がかかってくる。
世界が全てを修正しようとしている。彼女の存在はなかったことになるのだ。
いやだ、チコのことを忘れたくない・・・。
チコは無理に笑顔を作って言った。
「そんなに泣かないでくださいね。大丈夫ですよ。この時代のチコさんは生きていますから。きっとあなたのことを好きになりますよ。」
「違う。そんなことは絶対ない。」
「大丈夫ですって、だって私は私ですから。チコさんがあなたを好きになることは私が保証します。」
そうじゃないんだ。
チコは誤解している。
僕が好きなのはパジャマ姿のチコなんだ。
「チコ、僕は君のことが好きだ。」
チコはもう完全に消えようとしていた。
「ありがとうございます。こちらのチコさんを大切にしてあげてくださいね。」
波の音で、僕は自分が海岸にいることに気づいた。
どうして僕はこんなところにいるのだろう。
なにか大切なものを失った、そんな気がするが思い出せない。
書き始めた時と書きおわったときで別の話になってしまいました。
元々書きたかった話はまた次回にでも。




