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XCVI 宮廷付御者筆頭ベンジャミン・タイラー

「勝者、ヘンリー王子殿下」


モーリス君のコールで試合が終わって、ネット越しに王子と握手する。


「リディントン、素晴らしい試合だった。健闘を称え合おう。」


私から無情にも40点を奪っておいて調子の良いことをいう王子。でも笑顔が眩しいから責めづらい。汗がひかるライオンのたてがみは試合前よりも躍動的に波打っていて、シミ一つない艶のいい肌色の顔が、スポーツマン然とした格好良さを引き立てている。


この場面だと無精髭も脂っぽさも気にならない。タイツ以外文句をつける場所が見当たらない。


「ありがとうございます、殿下にそう言っていただけるとは光栄です。私としては40点が心残りですが・・・」


「ははっ、今回はチャールズの前で必ず勝たないといけなかったが、次回は40対0から再開しても構わない。」


光っていた王子の笑顔が柔らかいものに変わった。


「ところで、私も古典に関心があるのだが、チャールズの試合でリディントンが言っていた『セクハラ男』というのはどの文献でも見たことがない。もし良ければ原典を教えてくれないか。」


困った。王子は無駄に教養があるから、前世を「古代」と言い換える作戦が通じてないみたい。


「そうですね・・・祖父の医学書で読んだのですが・・・どの本だったのかは記憶が曖昧です。」


王子でも医学書は読んでいないはず。


「先ほどリディントンの言っていた定義は『下半身が頭を支配する男』、だったか。確かに医学的な概念なのだろうな。私には意味がいまひとつわからないが、古代の神託のように丁寧な解釈が必要になりそうだな。」


ごめんなさい王子、そんなに『セクハラ男』の意味を探究しても悟りには近づけません。


「王子、それよりも国王陛下のところに行かれた方が・・・」


「ああ、陛下は待たされすぎて機嫌を悪くされたそうでな、第7ゲーム途中で連絡がきて、明日に延期になった。そうだ、それよりも、私は兄上が結婚した頃から、王太子妃に同伴して来た枢機卿と古典語で文通しているのだが、彼は私よりも古典に造詣が深くてな。『セクハラ男』の概念や真意も知っているかもしれない。」


それはないと思う。そしてごめんなさいね国王陛下。私のせいじゃないって分かってくれるかしら。


「そうですか。しかし『セクハラ男』のような俗語について語り合うよりも、より高尚な哲学や文学を議論した方が有意義かと思います。」


「枢機卿は古代を生きた庶民の風俗にも興味があるようで、文通していてとても楽しい方だ。直接お会いしたいのだが、普段は王太子妃のそばを離れられないそうで、なかなか私から出向くこともできず・・・」


なんでだろう。弟が兄嫁のサロンを訪れるくらいできると思うけど。




そっか、王子は女性の10フィート以内に近づかないんだっけ。




「それは残念ですね。」


「そこでだリディントン、もし良ければ枢機卿に直接会って、『セクハラ男』について議論してきてくれないだろうか。」


嫌だよ?


「おいおいハル王子・・・枢機卿は古典語しか喋れないのだろう?・・・リディントンとは会話ができないだろう。」


まだ本調子でなさそうなブランドンがギャラリーから声を上げる。両膝の上に氷水の入った布袋を載せているみたいだけど、そんなに痛かったのかしら。この時期氷は貴重なのにブランドンごときに使ってしまってもったいない。


「私、古典語なら読み書きは出来ますけど。」


教会法は古典語で書かれているから、一通り読めるだけの教育は受けている。私より兄さんの方が得意だったけど。


「リディントンが古典語を・・・そんなバカな・・・」


多少ショックを受けたような顔をするブランドン。


「あなたと一緒にしないでよね、ブランドン。それより殿下、私に古典語の会話経験はありませんし、モーリス君の方が得意だと思いますが。」


モーリス君は教会志望だし、教養もあるから古典語はペラペラだと思う。


「いや、私の直感が、リディントンを送るべきだと言っている。それに手紙の文面から見て、枢機卿はとても教養がある上にウィットの効いた楽しい方だから、きっとリディントンと気が合うのではないかと思っている。筆談でも、相手の顔を見て話すだけでだいぶ違うからな。」


間接的にモーリス君は楽しくないって言っている王子。話してみると意外と楽しいのに、縁戚同士の二人の仲がよくないのは残念。モーリス君ちょっと堅いけどね。


「わかりました。先方に私の方で連絡を取りましょうか。」


「いや、私が手紙を出そう。文通の話題も増えて、私としても嬉しい。」


ほくほくと嬉しそうにする王子。枢機卿との文通が好きなんだろうな。


「さて、良い汗をかいた。チャールズ、タイラーをよんで馬車を用意させてくれ。」


チャールズが布袋を抑えたまま外に出ていく。そういえば久しぶりにタイラーさんの名前を聞いた気がする。


「どちらかに行かれるのですか。」


王子は私に爽やかに笑いかける。


「当然リディントンも一緒に行く事になる。とても美しい場所だ。」


嫌な予感。


「ひょっとしてその・・・水辺ではないですよね。」


王子はまた破壊力のある笑顔を見せた。


「よく分かったな。やはり私と同じものを期待していたのだな。」


期待してません。恐れ慄いております。


「素晴らしい試合の後だ、一緒に水浴びで汗を流し、交流を深めようじゃないか。」




ピンチ。


勘の良い方は今後の構図が分かったかと思いますが、もう一捻りあるのでお楽しみに。

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