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XC レミントン家主席料理人ドミニク・ゴーティエ

男爵にヒューさん、トマス、そしてモーリス君。最後の一人はともかく私の正体を知っている人たちに囲まれて、私も少し油断していたのかもしれない。


今のところモーリス君が「聖女様」といっただけ。まだごまかしは効くはず。


考えてみれば、周りに人影はないけど少し遠くで王子一行の車列がまだ荷下ろしをしているし、誰かが聞き耳を立てていないという保証はなかった。魔女聖女のくだりも含めて、危機管理は気をつけないと。


「レミントン・・・いやルイスが女じゃないって、さっき解決したんじゃなかったのか。」


トマスは今日困惑してばっかりで、何だか申し訳ない。


男爵は何だか意地の悪い薄笑いを浮かべている。


「ノリスはさっき同席していなかったからね。じゃあルイス、今度は南を向いてくれるかな?」


「ヒューさん、まず男爵を縛ってもらってもいいかしら。」


巻き込まれたヒューさんがトマスと困惑コンビを結成しそうになっているけど、とりあえず新しい男爵の制裁手段を検討しないといけない。


「聖・・・リディントン君は男です。先ほどブランドンめが鑑定しました。何なら後で聞いてみたらいかがです。」


モーリス君は珍しくリカバリーができていないみたい。私を呼び捨てにすることに抵抗があった様子。


「・・・でも・・・さっき・・・聖女って・・・いったんだ・・・」


「リディントン君が聖女の若く麗しい御姿と尊い御心をお持ちなので、親しみを込めて聖女様と呼んでいるのですよ。性別は関係ありません。例えば天使は基本男性ですが、女性を天使と例えることは珍しくありませんね。それと同じです。」


男爵が「御心」あたりでわざとらしく咳払いをした。前世でお灸の資格を持っていなかったからあんまり経験ないけど、今度実験として男爵にお灸を据えてみようと思う。


それにしても、モーリス君は適当な言い訳を淀みなく言う才能に長けている。ひょっとしたら弁護士に興味があるのかもしれない。


「と言うわけだからノリス君、私が女というのは勘違いだよ。先ほど憎きブランドンも認めていたしね。みんなが魔女や聖女というのは私に親しみを込めた表現で、性別にはなんの関係もないってこと。」


私は周りの人にも聞こえるように大きめの声を出した。まだ「魔女」とは呼ばれていないけど、男爵の魔法云々をごまかすのにも有効だと思う。


「ノリス、聖女はルイスの外面を、魔女は内面を象徴しているよ。」


男爵にはお灸じゃなくて針治療もいいかも。この腐敗した内面を治療してあげたい。


「・・・でもでも・・・さっきから・・・なんだか話し方が女っぽいんだ・・・」


あなたがあまりにも幼稚園児だったから油断しちゃったの。


「気のせいだよ。ノリス君は泣いちゃっていたからうまく聞き取れなかったんだと思う。」


「・・・でもでもでも・・・何だか喋り方も変なんだ・・・」


喋り方はこのくらいで押し通すつもりだから譲れない。『いくぜ、相棒!』なんて自分で言ってみて笑っちゃいそうだし。今でもだいぶ気をつけているけど。


「私の喋り方がソフトなのは、私の出身地ノリッジの影響だね。商人が多くて武人の少ない地域だから、男らしい喋り方よりも耳に心地の良い話し方がポピュラーなんだよ?」


今度はトマスが吹き出したけど、これは半分本当。ノリッジは王都の次に大きな街だし、内戦で地元の領主が断絶してからは武家はあまり目立たない。私みたいな話し方の男性にはさすがに出会ったことないけど。


「・・・むう・・・」


言い負かされたのが不満だったのか、また大福みたいなほっぺたを膨らますノリス君。可愛い。


「ノリス君。仲良くしよう。そうだ、仲良くしてくれたら、来月あたりに特別に美味しいデザートを作ってもらおうかなー。」


ノリス君はクリっとした目を大きく見開いた。これは私の勘が当たったみたい。


「僕デザート大好きなんだ!なんて言うの?」


気がついたら泣き止んでいるノリス君。現金ね。


「とっても豪華なデザートだよ。ノリス君は知らないと思う。」


とっさに思いつかなかったから、時間稼ぎをする。


「教えて欲しいんだ!楽しみなんだ!」


豪華な名前・・・豪華な名前・・・


「パンナコッタ風冷製ババロワ、三種の木苺のコンフィチュール添え。」


パンナコッタとババロワの違いはうろ覚えだけど、確か卵黄を使うのがババロワで、生クリームと牛乳だけを冷やし固めたのがパンナコッタよね。似ているから「パンナコッタ風ババロワ」でいいと思う。


「立派な名前だね。パンナコッタ?ババロワ?」


ワクワクしているノリス君。この子が単純でよかった。


「口の中でとろける美味しさなんだ。冷やしていただくのよ・・・いただきます。」


ババロワといえば定義から言って冷製なのだけど、何だか「冷製」って入ると上品な気がする。氷か冷水が必要になってくるから結構費用がかかるのに気づいたけど、男爵のポケットマネーで何とかなるはず。


「美味しそう・・・もう一回名前を教えて・・・」


何だかもう食べたような顔をしているノリス君。


「パンナコッタ風冷製ババロワ、三種の木苺のコンフィチュール添え。」


森で木苺を摘んできたら大体色合いもサイズも三種類くらいになるし、ジャムを「コンフィチュール」って呼んだほうが雰囲気も出る。


「エキゾチックな名前だな、ルイス。よければ私の分も・・・」


「用意しません。男爵には余った卵白でも食べてもらうわ。」


さすがにサルモネラ菌に晒させるほど私も性悪ではないけど。


「聖女様、贅沢はいけませんが、聖女様がお好きな食べ物でしたら僕も気になります。」


「名前が優雅な響きですね、ルイーズ様。私も一度いただいてみたいものです。」


ノリス君がターゲットだったけど、モーリス君とヒューさんも餌に食いついた。


「それじゃあ男爵、うちから料理人のドミニク・ゴーティエを招聘してもらえる?両親にも手紙以外で私の無事が報告できていいと思うし。」


料理人は家族と顔を合わせない家も多いけど、ドミニクはお父様と私と昔から交流があった。宮殿の料理に文句はないけど、前世にインスパイアされた料理を作ってもらえるのにちょうどいいし、一石二鳥だと思う。


「レミントン家の料理がここで食べられるんなら楽しみだ。」


トマスはご機嫌。この人はうちのババロワを食べたことがあるはず。


「いいねルイス、ただし二つ条件があるよ。第一に、私の分のパンナ・・・何やらその美味しそうなものを用意すること。第二に、私の手のひらを・・・」


「男爵、火を使うマッサージがあるのだけど興味あるかしら?」


男爵は微笑のまま、私から距離を取るように一歩下がった。


「わかった、ひとまずは第一の条件だけでどうだい?」


この人にしては撤退が早い。


「構いません。それとスザンナだけでは不安だから、私付きのメイドだったアメリアも呼んで欲しいのだけど。」


「それは難しいね。当然第二の条件も必要になってくる。」


条件を提示する前に渋らない男爵は、交渉ごとの素人だと思う。


「ではドミニクとアメリアを呼んでくれて、かつ1ヶ月間私にレディとして失礼な発言ないし行為がなかった場合にのみ、左手をマッサージしてあげましょう。いいですね。」


「了解したよ。」


餌はすぐにはあげずにぶら下げておく。お父様と仕事をして学んだ商業契約の作法がこういうところで生きてくる。


「・・・僕飽きちゃったんだ・・・かまって欲しいんだ・・・」


明らかに飽きているノリス君。彼の前で難しい話をしすぎたかもしれない。


「さあノリス君、来月にババロワ風自家製パンナコッタ、三種の木苺のコンフィチュール添えが食べたかったら、急いでテニスウェアをとってきて。」


「わかった!!」


ノリス君は元気に駆け出していった。微笑ましい情景。私と1歳しか違わないという事実は忘れることにする。


でも『じゃあ辞任して』ってさっきの不自然な発言が、なんだか妙に気になる。


「レミントン、さっきパンナコッタ風冷製ババロワって言ってなかったか。」


トマスは他人の名前を覚えられないのに、こういうのは聞き逃さないみたい。


「似たようなものよ。詳しくはドミニクに頼むから大丈夫。ではトマス、コートで会いましょう。男爵はいい加減国王陛下のところへ帰ってください。それと至急ノリッジに手紙を出してね。」


「色々心配だが、とりあえずリアルテニスに魔力を使いすぎないよう注意してくれ、ルイス。」


わけのわからない忠告をすると、男爵は大股で建物の中に消えていった。



「あれ、もうノリス君が戻ってきた。」


入れ替わるように、遠くから駆けてくるノリス君の姿が見える。王太子の従者の区画は西側一階みたい。白い麻の上下を持ってこっちに駆け寄ってくるノリス君を眺めながら、私は何だか引っかかるものを感じていた。








パンナコッタとババロワの違いって、卵だけだったかしら。


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