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LXXXVII ケルノウ王領地財政担当モーリス・セントジョン

ブランドンとトマスに付き添われて建物に向かおうとしていた王子が、モーリス君の林道ルート発言に戸惑ったように立ち止まった。


「モーリス、林道候補地の視察というのは狩に出かける名目であって、誰も本気にしていたわけではない。」


なるほど。調査旅行とかいって遊びまくるスキャンダルが前世でもあった気がするけど、そんな感じなのかしら。


「恐れながら、殿下の領地の経営状況は悪化しております。今の税収では山賊の討伐もままなりません。林業は数少ない希望の星です。」


王子の領地って一応は独立採算だったんだ。意外。王族はこうやって領地経営を覚えるのかしら。


「モーリス、古代から私の領地では、人々は森と共に生き、森に感謝の気持ちを持って、何世代も生きてきた。お前も狩に出かければ、森がもたらす豊かな恵みに気がつくだろう。行く先々で私を歓待した村人達は、木苺やキノコから獣肉に至るまで、豊かな森の幸で私をもてなしてくれたのだ。古き良き生き方を犠牲にしてまで、一時的な収入を求めるべきではない。」


王子は割と韻文調の話し方をする。見た目が体育会系だからギャップは面白いけど。


林業ってことは森を伐採するわけだから、私が王子でも躊躇するかもしれない。王子も意外と環境保護派だったのね。もちろん森はいい狩猟場になるから、王子が狩をしたいだけの可能性もあると思う。


「恐れながら、殿下の領地は十分な小麦を産出しません。小麦を輸入しなければならないのに、代わりに輸出するものもありません。殿下がお気に召している新鮮な森の幸は日持ちがしないか、王都で需要がないかのどちらかです。」


モーリス君は一昨日の晩に私を追及していたときみたいな、冷たい話し方をする。


「モーリス、確かに私の領地は大きな川もなく、近代的な農業には向かないかもしれない。だが貧しくとも皆たくましく、笑って生きているのだ。森での暮らしには数字にはできない価値がある。モーリスもその目で見たらわかるはずだ。彼らが古くから培ってきた生業を否定された上で、パンの量が増えたことを喜ぶだろうか。」


王子は基本的に前に言ったことを繰り返した。



「殿下の領地で生まれた赤ん坊は、四割が一歳になるまでに命を落とします。王子を歓待した村人たちは笑っていたかもしれませんが、彼らが冬を越せるかどうかの心配をしていることに、思いを馳せたことはおありですか。」


モーリス君は多分怒っている。正論だけど、これはきっと王子にとっては聞きたくない話だと思う。


「読み書きもできない者ばかりで、医者もほとんどおりません。栄養失調で赤ん坊と共に命を落とす母親も多いのですよ?」


王子の顔が一瞬引きつったように見えた。


「そこまでにしろセントジョン、場を弁えないか。」


ブランドンが介入する。


「あなたには話していない、ブランドン。」


険悪な雰囲気になってきた。どうにかしないと。


私はモーリス君の肩に手をおいて前に出た。


「モーリス君、落ち着いて。モーリス君のいうことは理にかなっているかもしれないけど、林道候補地が確定しても、魔法のように改善されるわけではないのでしょう?木材がどれだけの富を生むのか、森がなくなるとどれだけ地元の生活が変わるのか、じっくり検討すべきだと思うの。殿下、モーリス君は領民を思うあまりに熱くなってしまったようです。どうかお気を悪くされないよう、お願いします。」


私が頭を下げるのにつられるようにして、モーリス君も恭順するようなポーズをとった。


少し黙っていた王子は、重そうに口を開いた。


「林道の議論を放っておいて悪かった、モーリス。領地の代表者も交えて、後日話し合う機会を設けよう。」


これは王子が引き下がったことになるのかしら。


「いえ、私こそ出過ぎた真似を致しました。」


表情からはいまひとつ納得していない感じだけど、モーリス君は改めて謝った。


「万事よしとしよう。では行こうか、チャールズ。ニーヴェット、コートの用意を頼む。」


「かしこまりました。」


別方向に歩き出したトマスを、さっきのお礼を言おうと追いかけると、後ろから王子の声がかかった。


「リディントン。」


振り返ると、すごく柔らかい笑顔をした王子が立っている。赤身がかった金髪が風に揺れて、なんだか劇的な立ち方をしている。


「楽しみだ。」


それだけ言って踵を返すと、ブランドンをつれた王子は去って行った。


楽しみってリアルテニスのことだろうけど、まさか「寝室の世話」を楽しみにしている訳じゃないよね?


あまり深く考えないことにして、トマスを追いかけることにした。


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