LXXXVI 従者ヘンリー・ノリス
大きなブランドンの影から、ひょこっと小柄な青年が現れた。
天使みたい。
美男子っていうわけではないのだけど、最大限のカールがかかったくるくるの茶髪に、真っ赤なほっぺたが目立つ血色のいい顔。顔はちょっとプクッとしているけど太った感じはなくて、大福みたいにほっぺたを伸ばしたくなる感じ。
「紹介しよう、私の従者で寝室の世話をしてくれる、ヘンリー・ノリスだ。誰かと同じ名前なので、皆ノリスと呼んでいる。」
誰か、ことヘンリー王子直々に紹介があった。寝室の世話って事前情報がなくても邪推してしまうのだけど。でもこの子を前にしたら信仰に厚いという王子でも、禁断な気分になっちゃうかもしれない。
青い目をキョロキョロさせていたノリス君が自己紹介する。
「僕、ヘンリー・ノリスっていうんだ。数えで15になるんだ。よろしく。」
もう15になるのね。私と同じような体格だから、13歳くらいでも驚かなかった。話し方はちょっとイメージと違うけど、声は宝塚の男役みたいな、低い女の人の声と言ってもごまかせる感じ。ハスキーなモーリス君の声とは系統がだいぶ違う、中性的な声をしている。
「私はルイス・リディントン。16歳になります。どうぞよろしくね。」
ノリス君が笑顔を返してくれる。やっぱり天使。
ブランドンは驚いたようだった。
「リディントン、お前は16だったのか?ハル王子と同い年にはとても見えないな。」
この人に反応する手間が惜しいからスルーして、目の前の天使を眺める。
でもこの天使、25歳くらいになったらどうなっちゃうんだろう。王子なら無精髭をはやしてもそこまで不自然ではないけど、ノリス君はこのツルツルの肌を保ってほしい。モーリス君や男爵と比べて造形が美しいわけではないから、失礼だけど「今が旬」って感じだと思う。
ノリス君は見るからに狩猟なんてしそうにないし「中の従者」ってやつね。モーリス君の他に数人いるみたいだったけど、二人とも別系統で見た目のグレードが高い。美少年を侍らせて寝室の世話をしている王子ってひょっとしたら思った以上に危険人物なのかも。
「ノリス、私が仕立てさせて結局一度しか着なかったリアルテニス用の麻の服があっただろう。あれをリディントンに貸してやって欲しい。」
「はい、王子様。」
ノリス君は殿下ではなくて王子様と呼ぶみたい。服を仕立てさせる仲、ってどんなのだかよく分からないけど二人の表情は親しそう。
この感じは、ひょっとしたらもうお手つきかしら。
私の邪推には気付いていない様子の王子はご機嫌みたい。
「この夏に低地諸国のフィリップ大公とフアナ大公夫人がこのリッチモンドの宮殿を訪れることになっている。その際に私がフィリップ大公とリアルテニスの試合をする予定になっているのだが、前座として使節団の相手をする従者が不足していてな。リディントンがてリアルテニスをできるのなら、それはちょうどよかった。」
ちょうどよかった、って知らない間に私に重大業務を追加されてない?
「恐れながら、そんな大役を仰せ使うほどの腕前はございませんし、不慣れな私のせいで外国の使節の方々に失礼があるといけませんから、どうぞご遠慮させてください。」
国際試合にいきなり抜擢されても困る。前世だと中学校のとき県大会ダブルス8強に入っているけど、あれは軟式テニスだからルールも違う。今の体格と運動神経は前世並みだけど、特別いいってわけじゃない。
「心配ない。腕前は私がこの目で確かめるとしよう。ニーヴェットの推薦もあることだしな。」
男爵といい王子といい、人の話に耳を傾ける人がこの宮殿には少ないのよね。その点でいえばモーリス君やスザンナも似たり寄ったりだけど。
「今日はやたら話ぶりが固いな、ハル王子。美少年に緊張でもしたのか?」
ブランドンがいたずらっぽい笑いを浮かべていたけど、王子は苦笑して制した。多分二人だけの時は崩れた話し方をしているんだと思う。
「からかうんじゃない、チャールズ。では、リディントン、ノリスに服を借りたら、リアルテニス場で集合としよう。私も枢機卿への手紙を書きたいから、そうだな、1時間後にしよう。」
相変わらず私の予定を気にしない王子様だけど、王子と従者だからこれが当たり前なんだと思う。
解散する流れだったけど、モーリス君が一歩前に出た。
「殿下、林道のルートは決定されましたか。」
林道ってなんの話だろう。




