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LXXXV 鑑定者チャールズ・ブランドン

私が怒りに震えつつ体の向きを変えるタイミングを失っていると、今まで黙って観戦していた王子が口を開いた。


「つまり、違うんだな、チャールズ。」


ブランドンは悔しそうに打ちひしがれている。


「ああ、申し訳ない、ハル王子。私としたことがこんな詐欺に引っかかるとは。」


首を振るブランドン。平手打ちしたい衝動に駆られるけど、ここは「男らしく」黙って耐えるのが大事ね。


「いつも無理をさせてしまって申し訳なく思っている。たまにはこういうこともあるだろう。優れた磁針もたまには北からずれるものだ。」


猿も木から落ちる、みたいな諺だと思うけど、優れた磁針は絶対北からずれないと思う。そういえば現世で猿を見たことない。


王子は少しほっとしたようだったけど、まだ顔から緊張が抜けていない気がする。この顔も見栄えはいいけど。




そこまで嫌なんだ。




男爵の実験で、王子は女性が男のふりをして近づいても気づかないという結果が出たらしいけど、多分ブランドンは判定役を任されているのだと思う。女嫌いの王子が女好きのブランドンを側に置いて信頼しているのもそのせいかもしれないし、好き放題言わせるのは私が女かどうかテストさせるためなのね。


女が嫌いすぎて、ブランドンの失礼さに鈍感または無関心、という線もないわけではないけど。


でも女性が近づく可能性だけでここまで不安がっている王子を無理やり女好きにさせようと思う男爵達も相当な神経だと思う。体を触られるのも嫌いみたいだし、私の存在自体が嫌がらせになるんじゃないかしら。


「お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした、殿下。」


一応は騒いだことを謝っておく。ブランドンが99.5%は悪いと思うけど。


「いや、こちらこそチャールズが済まなかった。もう下がっていい。」


王子の声にさっきの勢いはないし、表情も快活さが失われている。なんだかこの先が心配になる船出。


「王子殿下、そういえばルイスはリアルテニスが得意でしてね、俺では相手にならないほどです。」


トマスがまた助け舟を出してくれる。女性でプレイする私のような少数派もいるけど、リアルテニスをするのは基本的に男性が大半だから、さっきの法廷と同じでさりげなく男アピールができそう。


王子の表情がパッと明るくなる。トマスに機嫌を取られるってなかなかシンプルだと思うけど、王子様。


「そうなのか!私とチャールズでよくリアルテニスをするのだが、あとはハリーくらいしか相手がいなくて残念に思っていたところだ。親睦を深めるためにも、さっきの詫びも兼ねてこれからリアルテニスをしようじゃないか。」


ちょっと待って。なんで王子とリアルテニスをするのがお詫びに相当するのか謎だけど、そもそもフィジカルなスポーツをすると女だってバレそうで怖い。


ええと、ルイスは体が弱い設定だったけど、トマスがリアルテニス得意って言ってしまったし、どう断ったらいいかしら。


モーリス君が前に出た。


「殿下、リディントンは宮殿に着いたばかりで不慣れですし、殿下も長旅の後でお疲れでしょう。またの機会にしてはいかがでしょう。」


モーリス君は宗教・道徳関係を除けば常識人だから、こういうとき頼りになる。トマスもちょっと鈍感な以外は普通の人だけど。


王子は動じなかった。


「モーリス、鉄は熱いうちに打てと言うだろう。それに私は狩猟に出ている間、リアルテニスができずに腕が鈍ってしまったのではないかと気掛かりに思っている。枢機卿に手紙を書くほかには今日は予定もないから、無理を強いたところで特に失うものもない。何より、善は急げだ。」


要は「どうせ暇だし久しぶりにテニスしたい」っていう内容を王子は華麗に述べ立てた。


でも私はできれば王子のわがままに付き合いたくない。せっかく苦労してお風呂に入ったのに、汗をかきたくないし、何よりウエアがない。


「残念ですが、リアルテニス用の服を宮殿に持って参りませんでしたので、本日はご一緒できません。」


王子は気にする様子はなくて、にこやかな笑顔のまま。気のせいか小さめの目が期待に輝いている気がする。


「ノリスと同じくらいの背格好だから、服を貸して貰えばいいだろう。チャールズ、ノリスを連れてきてくれ、後ろの車列にいたはずだ。」


王子、顔はいいけど、ちょっと強引なんじゃないかしら。顔はいいけど。


「わかったハル王子。逃げるんじゃないぞ、リディントン。」


ブランドンは王子に目配せをすると、踵を返して馬車の方に向かって行った。


ブランドンが何か言うと正反対のことをしたくなる。逃げようかな。


「殿下、リディントンにも都合があるかもしれません。」


ここ30分くらい、私の中でモーリス君の株がすごく上がっている。


「リディントン、従者として働き始めたばかりでは王族に振り回されるのも違和感があるかもしれないが、これも仕事のうちだ。ゆっくり慣れて欲しい。」


振り回している自覚はあったみたいだけど、言われてみれば従者の仕事って王子のわがままに付き合うことなのかもしれない。私の都合が二の次になるのは当然といえば当然なんだけど、


でも笑顔が眩しいから責められない。ニヤニヤしている男爵だったら罵詈雑言を浴びさせても平気だけど、王子が失望するところはなんとなく見たくない。この人は見た目で得するタイプだと思う。


「・・・わかりました。」


「そうこなくてはな!」


リアルテニスは得意だし、まあ曲がりなりにもイケメン王子とテニスできるんだから、お風呂にもう一回入るくらいの手間は惜しまないであげましょう。


言い負かされるのは大嫌いだけど、こうして理屈以外の面で敗北するのも悲しい。上機嫌に揺れる王子のたてがみを見つめていると、ブランドンが向こうから誰かを連れて歩いてくるのが見えた。


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