LXXXIII ヘンリー王子付従者チャールズ・ブランドン
悩みのなさそうな笑顔を浮かべていた王子が、ふと気づいたように言った。
「そうだ、リディントンはチャールズ達を知らないんだったな。ハリーとゲイジは部屋に行ってしまったが、チャールズだけでもこの機会に知り合っておくといい。」
今まで黙っていたトマスじゃない方の従者が手を差し出してきた。この人は見るからに王子よりも年上だけど、王子とは同系統で体格のいいタイプ。
「私はチャールズ・ブランドン。10年前から王子の従者をしている。」
低いけど少し甘い声。20歳いかないくらいだと思うけど、口の周りの薄い髭がお洒落にトリミングしてある。不思議な色のダークブロンドをオールバックにしていて、羊羹の色にグレーを混ぜたような具合の髪の毛が怪しく光っている。
「ルイス・リディントンです。よろしく。」
目を見ながら握手する。鼻がやたら高いのが気になるけど、王子よりも大きな青い目をしていて全体的に甘いマスク。肌も王子より白いし、体格がいい割には王子ほど体育会系のイメージがないと思う。ウェーブがかかった長めの髪も優男のイメージを強めているかもしれない。
「名乗り遅れたが、私はヘンリー。16年前から王子をしている。」
割って入った王子が言い終わるやいなや、王子本人とチャールズ・ブランドンが爆笑した。
えっ、何か面白い内容があったかしら?
助けを求めるようにモーリス君を見ると、能面みたいに無表情だった。王子達のユーモアがわからないのは私だけではないみたいで少し安心する。王子は文化的な人物だって聞いていたけど、ちょっと笑いのツボが分からなくて今後が不安になる。
「しかしまた相当な美少年を補充したね、ハル王子。ちょっといいか?」
文脈からは「ちょっといいか?」が誰に向けられたのか分からなかったけど、チャールズ・ブランドンは急に人差し指を私の顎に当てると、くいと私を上に向かせた。
セクハラ!
「ちょっと、何をしているんですか!」
私がブランドンの手を振り払うと、モーリス君が私の前に躍り出た。
「慎みなさいブランドン。」
言い方は静かだけど、モーリス君の背中がいつになく殺気立っている。
モーリス君の1.5倍はありそうな体格のブランドンは、怯む様子がなかった。鈍い銀色のジャラジャラした服も甲冑みたいで強そうに見える。袖やタイツはそれぞれ濃さの違うグレーで統一されていて、悔しいけどそこそこお洒落。
「男同士で何を恥ずかしがることがあるんだ、セントジョン。」
この二人はファーストネームで呼び合うほど仲はよくないみたい。
「殿下、リディントンはこの美しい見た目故に男性にからかわれる経験があったようで、こうした不謹慎な接触をひどく不快に思うそうです。殿下も配下の人間がリディントンに嫌がらせをしないよう、目を光らせていただければと存じます。」
モーリスはブランドンをスルーするようにして庇ってくれた。聖女様でないときはリディントンと呼ぶことにしたみたい。そしてその設定は確かに便利だし、今後使わせてもらおうと思う。
王子は目前で繰り広げられるモーリス君とブランドンのバトルに動じていないみたいで、すごく淡々としている。
「奇遇だな、私も他人に体を触れられるのを苦手としている。事情はわかった、以後気をつけよう。」
何それ初耳。マッサージにすごく都合が悪いんだけど。
静かにしている男爵を睨み付けると、微笑のまま目をそらしてきた。さては知っていたわね。
視線の端でモーリス君が急に動いたのに気を取られて、私も男爵を睨んでいられなくなった。
ブランドンは私の正面から、モーリス君の肩越しに私を見下ろしている。
「私はこの手のことにかけては自信があってね。」
口元がニヤリと歪むのが見えた。
「間違いない。これは女の唇だ。」




