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VII 侍従長ウィンスロー男爵

フクロウ亭はちゃんとしたベッドを備えていて、私は意外と良く眠れた。


荷物を御者のタイラーさんに渡して下に降りると、一行はみんな揃っていた。今朝はフランシス君も顔色が良くなっている気がする。ウィンスロー男爵はいつも通り上機嫌そうだ。今日も黒服を着ているけど、この人は自分のキャラを大切にしているのかな。


「よく眠れたかな。」


「はい、お風呂に入れなかったのは残念だけど。」


「外出先で風呂とは、君もなかなかのお嬢様だね。」


男爵はびっくりしているみたいだった。


こっちの世界はシャワーがないから、風呂桶にお湯を張って体を洗って、さらにお湯を入れ替えて体をすすぐっていうやり方になる。家の人間が一人ずつ入ろうとすると大量の水が必要になるから、お風呂に入る頻度はそんなに高くない。体は丁寧に拭くんだけどね。


「私は清潔好きなだけです。贅沢はあんまりしません。」


「怪しいな。それはそうと、急だけど裁判の日付が今日の夕方に変更になってね、今日王都に着き次第、直接裁判所に向かうよ。」


「ちょっと急すぎるでしょ。」


まず今日は裁判にいく格好をしてない。濃い紫の柄物のワンピースの上に、モスグリーンのガウンみたいなドレスを羽織ってきた。パーティーモードではないけど、黒服の男爵や地味な濃紺の服を着たフランシス君に比べたら場違いに見えそう。


「心配しなくても、知らせた通り形だけの裁判だからね。さらに特別に非公開にしてもらったから、正直部屋に入って適当なタイミングで出るだけでいい。」


「非公開なんだ、それは嬉しいです。」


判決が決まっているにしても、魔女裁判の野次に耐えるのは辛かったし、形だけでいいならすごく嬉しい。


「ギリギリだったが、正直助かったよ。ルイーズの裁判を見に来た人がルイスを見て感づいてしまっては困るからね。」


「なんでそんな大事なことがギリギリに決まったの?」


「ギリギリなら反対意見を挙げる暇がないだろう。さあ、早く出発だ。」


男爵は馬車に乗り込みながらもデフォルトの薄笑みを浮かべているけど、心なしか余計にニヤリとした気がした。


この人は油断できないかもしれない。男爵の評価がなかなか定まらない感じがしてもどかしい。


「それで裁判の後は、男の格好をして王子様にご対面、という流れなの?」


「いや、ヘンリー王子は東の丘陵地帯に鷹狩りの旅に出かけている。王宮にいってからまずは仕事のイロハを覚えて、ようやく対面だ。」


なんだ、早速会うわけじゃないんだ。


「それに、魔法に副作用がないかスタンリーの様子を見ていてね。今のところ健康そうだが、場合によっては潜伏期間のあることがあるかもしれないし。」


「私は病原菌か何かですか。」


スタンリー卿をマッサージしてあげたのは一月以上前だから、揉み返しがあったとしても今何かが起きているとは思えない。


それにしてもこの人はマッサージをなんだと想像しているのかしら。


「病原菌とは違うかな。岩を倒すには岩で、みたいな感じかな。」


「じゃあワクチンですか。」


「ワクチン?なんだいそれは?」


男爵は不思議そうに笑っている。そっか、この世界ワクチンもないんだった。


「ギリシャ神話の一節を思い出したんです。深い意味はないです。」


「ほう、君の教養にはびっくりさせられるね。」


ごまかしたのは置いておいて、教養のある父親や兄に囲まれていたし、弟と同じ家庭教師をつけてもらえたので、この世界の女性にしては教養のある方だと思う。


「君なら安心だな。王子が女を嫌う表向きの理由は、教養がない上に体が脆いからだそうだが、君にはどちらも当てはまらない。」


「なんなんですかその理由!」


男の子が優先的に教育を受ける世界ではあるけど、頭のいい女の子は哲学書だって読むし、体が脆いのも世間体的に家の中に閉じこもっている人が多いからで、狩りや乗馬ができる元気な女の人もたくさんいる。


「まあ、落ち着いて。それは表向きの理由だ。王子は本来偏見に惑わされるような人間ではないし、教養がなくて体が丈夫でない男の従者とは平気で一緒にいるから、多分本当の理由を隠したいんだろう。」


「本当の理由って?」


「それがわかれば苦労しないさ。」


男爵はくっくっと軽く笑った。


なんだか気が進まなくなってきた。


「それで、私はその女をばかにしている王子様と一緒に教養を深めればいいんですか。外出にはお供しないんでしたよね。」


「いや、君でさえも王子の勉強仲間は務まらないよ。ヘンリー王子は弱冠16歳にして3ヶ国語を話し、宗教や法律にも明るい。算術は君の方ができるかもしれないが、一緒に勉強してもあまり楽しくないだろう。」


確かに、一緒に算数を勉強するのも気が引ける。


「音楽はどうですか、ヴァージナルなら私は割と得意です。リコーダーも吹けるし。」


ヴァージナルはペダルのないピアノみたいな鍵盤楽器で、前世でピアノを習っていた私には難しくない。リコーダーは中学校でやったのを思い出して時々吹いてる。


「君とヘンリー王子は弾く楽器が被ってしまってね。王子はヴァージナルとオルガン、それにリコーダーとリュートの達人だ。合奏の相手も選り好みするし、すぐというわけにはいかないかな。」


スポーツマンとは聞いていたけれど、予想した以上に文化的な人でもあるらしい。いくら何でも万能すぎない?もしこれが映画の登場人物だったら、ちょっと現実感のない設定だと感じたと思う。


「それじゃあ私は何をするんですか。ディナーの給仕とかですか。」


「そうだね、なんだろうね。」


また男爵のニヤリ度が上がった。この人はきっと人生楽しんでる。


「言っただろう、君には王子を触りたい放題触れるようにしておくと。」


「もう、焦らさないでください。」


私のムッとした表情に満足したのか、男爵はご機嫌に続けた。




「風呂の世話と着替え、それに就寝と起床の世話だ。」




へっ?


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