LXXVI 地主サー・ウィリアム・ニーヴェット
馬に乗った衛兵が立ち話をする私たちのそばを通りかかった。トマスは思いついたように私の方を振り向く。
「そう言えばレミントンは俺の馬上槍試合を見たことがなかったな。質素な衣装で良ければ今実演してやろうか。」
あまり機嫌が上下しない人だけど、ちょっとワクワクした様に聞こえる。
そう言えば、トマスが優勝したトーナメントも見られなかったのよね。会場も遠かったし、レミントン家の水道工事を監督していたときだった。
「大丈夫。それより驚かないで聞いてね。実はね、私、王宮に一年ほどいることになったの。だからもっと晴れ舞台を見る機会もあると思うわ。」
トマスは思ったほど驚かなかった。
「お前の仕事というとメアリー王女のお供か。確かにレミントンなら、あのませた王女様にぴったりかもしれない。毒舌が二人に増えるのはちょっと恐ろしいけどな。」
「ちょっと!」
メアリー王女様って12歳くらいだっけ。可愛いお姫様を想像していたのに、そのお年で毒舌キャラなんて。
「あの王女様があらゆる法律の抜け穴を覚えてしまったら無敵だな。」
「ねえ、ニーヴェット家ではレミントン一族ってそういう評価なの?」
不本意だわ。レミントン家はノリッジ周辺で一番ブランド力のある法曹一家だと思うんだけど。
「いや、なんでも知っているっていう意味だよ。そう言えばサー・ニコラスは元気か。」
トマスは話を逸らした。
「お父様は私宛の令状が届いてから疲れていたようだったから、早く無罪の知らせが届くといいのだけど。とりあえず病気はしていないわ。」
判決が出たのが一昨日の午後だから、早ければ今晩にはノリッジにも知らせがつくと思う。手紙も出したけど、ちゃんと届くか心配。
「そうか。すこしは気が休まるといいけどな。」
「本当にね。ところでサー・ウィリアムは元気?」
サー・ウィリアムの名前がでただけでトマスは笑った。
「じいちゃんは元気だ。100まで生きるんじゃないかと思う。」
「そうね。驚かないわ。」
ニーヴェット家は派手ではないけど、しぶとそうな感じの人が多い。サー・ウィリアムも元海軍将校さんらしく、元気なおじいちゃん。
何を話していたんだっけ。トマスと世間話をしていると話がそれちゃうのよね。
「驚くといえば、私の役目を聞いたら流石にトマスもびっくりすると思うわ。」
「何かな。レミントンの手にかかれば書類を捏造して伯爵令嬢か何かに化けるのも難しくないだろう。ヘンリー王子のメイド以外なら驚かないけどな。」
友達が私のいたずらに引っかかったみたいな気分でちょっと楽しい。捏造の件は反論したいけど当たらずとも遠からずなのが残念。
「なら私の見立ては当たったわ!ちゃんと驚いてよね。私は昨日付でヘンリー王子の従者になったの!」
「正気か!?レミントンが王子と水浴びするのか!?」
トマスは目を丸くした。明らかにショックを受けているけど、心配してくれている感じもする。
「しないわよ!お風呂も含めて全力で断ったから。」
そういえばトマスは女子禁制の水浴びを経験したのかしら。
「レミントン、経歴は捏造できるかもしれないが、自分は捏造できないだろう?」
「ちょっと色々あって、まさに自分を捏造する羽目になったのよ。」
どこから説明したらいいかしら。トマスが混乱した顔をしている。
「トマス、お父様が私のマッサージの自慢をしていなかった?」
「マッサージ?ああ、指圧をかけるというやつか?」
話が通じて嬉しい!マッサージという言葉に反応してくれるのはお父様と付き合いのある家だけだから貴重な存在。
トマスは何か思い出そうとしているみたいで、宙を見つめていた。
「でもいいのか、そんな秘術を使って。」
「そんな密教みたいに言わないで。とりあえず、マッサージは体の不調を治すのに有効でしょう?それを使ってヘンリー王子の女嫌いを治してみようという一大プロジェクトに、一年だけ協力することになったのよ。」
魔法云々を抜きにして私の役目を一言で言うとこんな感じだと思う。
「ヘンリー王子は健康そのものだと思うけどな。」
「それは私も言ったんだけどね。」
モーリス君だけじゃなくてトマスもそれは不思議に思うのね。やっぱり男爵がおかしいだけな気がしてくる。
「効くかどうかは別として、女嫌いを治すのになんでまず女が出てくるんだ?」
「それも私は言ったんだけどね。」
客観的に見て破綻しているわよね、この計画。
「そもそもお前が男装なんて似合わな・・・いや案外いけるかもな。」
「視線を下げながらそのセリフを言うの、やめてくれる?」
天国のサー・エドマンド、あなたの次男はジェントルマンになれませんでした。とっても残念です。