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指魔法を使う魔女と恐れられているけど、ただの転生したマッサージ師です  作者: ブーリン
第二幕 第三場 出窓、秘密の扉、暗い廊下
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LXXIII 近衛連隊伝令係ゴードン・ロアノーク

ゴードンさんが回収しにくるまでの間に、アンソニーはすっかり回復したみたいだった。さっきスザンナが酷い目に合わせてしまったので、お詫びをかねて私も一応ふくらはぎのマッサージを続けてあげている。


「・・・あはあ・・・ふう・・・」


顔の下のリネンがさっきの惨状を物語っているけど、ベッドの上のアンソニーは幸せそうな顔をしている。スザンナは気持ちよさそうなアンソニーには興味がないみたいで、フランシス君と黙々と革紐を片付けていた。


男爵やモーリス君に比べて、アンソニーは大袈裟だけど素直に反応してくれるし、なぜか感覚を実況してくれるからマッサージのしがいがあって楽しい。モーリス君はマッサージの効果を期待してくれている分高度なのかもしれないけど。


考えてみれば、この子は素直な性格なのよね。私の前で脱ぎ始めたのも欲望にあまりにも忠実だったといえばそうなんだけど、ちゃんと躾けてもらえなかったのかしら。


アンソニーが実家で甘やかされている様子を想像していると、男爵がゴードンさんを連れて入ってきた。


「ルイス、ロアノークを連れてきたよ。ウィロビーから他の黒幕の名前は聞けたかな。」


私は首をふった。


「いいえ、さっきから揉んであげてもこんな感じなんで、聞き出せそうにないです。」


「・・・あふ・・・ひゃ・・・」


「魔法が強すぎるよ、ルイス。」


男爵の横のゴードンさんは、リネンを見て複雑な表情をした。


「涎掛けをお持ちした方が良かったでしょうか。」


「いいえ、流石に赤ちゃん扱いはかわいそうだと思うわ。」


「・・・ふうあ・・・はう・・・」


言動は赤ちゃんなんだけどね。


男爵はしばらくアンソニーを観察すると、私の方を向き直った。


「ところでルイス、ウィロビーはどう見ても魔法がかかっているが、必ずしも君のいうことを聞いていないね。彼は特別な抵抗力があるのかな。個人差があるとしたら、なんなら私の左手で実験してみないか。」


「マッサージは人を言いなりにする効果はありませんよ?アンソニーはマッサージをお礼に交換条件を出せば大体素直にいうことを聞いてくれますけど、今回はスザンナが邪魔しちゃったからダウンしちゃったんです。前回も途中で寝ちゃいましたしね。」


「・・・はあ・・・ふひ・・・」


「逆に魔法への耐性がなさすぎるようなものか。」


男爵は納得したように頷いた。


違うと思うけど?でも男爵は無理のあるこじつけを信じがちだから、これくらいで納得しちゃうんだと思う。ピタゴラスイッチの論理力をこういうとき発揮してほしいのだけれど。


「それにしても、前も魔法のせいでウィロビーは人外の何かになっていたが、足の魔法はやっぱり禁じ手なのではないかな。例えば左の手のひらがいいと思うのだけどね。」


「今回止めを刺したのはスザンナだったし、今だってアンソニーはちゃんと意識もあると思うわ。」


ちょっと怪しいけど。マッサージを続けながら意識があるかチェックしてみる。


「パブロフ、聞こえていたら『わん』って言って。」


「・・・わん・・・」


「ほらね、男爵、人間としての意識が残っているでしょう?」


「パブロフってなんの掛け声なんだい。そもそもなぜ『わん』なんだ。私たちにわからない魔法用語を使いすぎだよルイス。」


男爵は困った苦笑をしている。


「男爵、そんなことより、明日早起きしてお風呂に入るのに、アンソニーが乱入したせいでだいぶ遅くなってしまったわ。ゴードンさん、この子を部屋まで運んでくれるんですよね。」


「はい。しかしこの格好のままでは・・・」


男爵が革紐を外しちゃったので、アンソニーは際どい格好に戻っている。


「あたいに任せて。星の数ほど男の着替えを見てきたから、コツはわかるよ。」


スザンナは落ちていたタイツを履かせようと頑張ったけど、アンソニー自身が脱ぎづらそうにしていたタイツを着せるのは流石に無理そう。何回か危ないシーンがあって中止になった。


考えてみればスザンナは男性の体に触るのに躊躇しないし、人体への興味もすごいし、今はベクトルがおかしいけど、ひょっとしたらいいマッサージ師に育つかもしれない。指導しようかしら。


「タイツは危険だから諦めよう。フランシスの丈の長いチュニックを着させたらどうだろう。少年がよく着ているデザインのやつだ。フランシス、とってきてくれないか?」


男爵に言われておずおずとチュニックを取りに行くフランシス君。サイズはアンソニーにぴったりで、朦朧としたアンソニーを座らせて万歳をさせたらすっぽり被さった。


「私のチュニック・・・」


よだれと涙で汚されるのが嫌なのだろうけど、フランシス君は気乗りがしないみたい。そもそもフランシス君が私を守ってくれていたらベッドもチュニックも犠牲にならなかったのだけど。


「フランシス、後で新しいものを用意するよ。それよりロアノーク、先方からニュースはあったかな。」


男爵はなだめるモードに戻っていた。相変わらず予算は潤沢みたいで安心する。


「その件についてですが、先ほど伝書鳩がつきまして、先遣隊としてトマス・ニーヴェットを送ることを許可いただきました。」


「やったわね!ありがとうゴードンさん!」


身分の高い人が旅をするときは、大体従者の一人が先に目的地に到着して安全を確保したり環境を整備したりする。トマスとは話をしないといけなかったから丁度いいと思っていたけど、こんなすぐ連絡がつくとは思わなかった。


「手持ちのカードをサリー伯爵に見せるようで気が進まないな。」


トマスは伯爵の婿だから、私の正体を晒すことに男爵はまだビターみたいだけど、私は権謀術数よりも私自身が安全で快適に過ごすことを優先しますからね?


「男爵、トマスはきっと伯爵に秘密にしてくれるし、隠したってどうせトマスにバレるのなら交渉した方がましでしょう?」


首を傾げて納得のいっていない様子の男爵を見つめて、顔から微笑が消えるのを待ち構えていると、アンソニーから寝息が聞こえてきた。


「・・・もっと・・・むにゅ・・・」


夢の中でもマッサージをねだっているみたいだった。ちょっと行き過ぎだけど、私のマッサージを気に入ってくれるのはやっぱり嬉しい。


「ねえ男爵、アンソニーってちゃんと躾ければいい子に育つと思うんです。」


「躾けるって、ウィロビーはもうすぐ16になるのではないかな。」


男爵はさっきから不信感のある顔しかしてないけど、苦笑いが残っているのでいまひとつ絵にならない。


「精神年齢はきっと下だから、多分まだ更生できる気がするわ。」


今のアンソニーは家の権威をバックに好き放題やっているお坊ちゃんだけど、この調子でマッサージを飴と鞭みたいに使えば、マナーを尊重したり、常識のわかる真っ当な男の子になってくれる気がする。


「それに男爵も、アンソニーがお子様のままだと色々と面倒でしょう?秘密を守る約束をしていても、きっとうっかりすると思うわ。」


「そうかもしれないけどね・・・」


男爵は乗り気じゃないみたいだけど、私のアンソニー再教育計画はもう始まっているのよ?


「わかった、私の左手に魔法をかけてくれるなら妥協しよう。」


「男爵、さっきから渋っていたのはそのセリフをいうためでしょう?その手には乗りませんからね。」


「ルイス、もう少し私への感謝があってもいいと思うけどね。」


男爵の顔からとうとう薄笑いが消えて、無念そうな顔になる。


待っていました!


憂いを帯びた彫りの深い顔、輪郭がくっきりした顔立ち、不機嫌そうなはっきりした目、すらっとした鼻、少しやつれたこげ茶の髪にいつもの黒服。


やっぱり夜に落ち込む男爵は絵になる。さっきもこんな感じだったけど、今回は私を向いているから迫力があっていい。団子とお茶が欲しいところね。


男爵を一通り鑑賞し終わると、着せ替えを終えたゴードンさんがアンソニーを担いでいるのが横目に入った。


「皆さん今日はありがとう。私ももう寝ないといけないから、これを機会に解散しましょう。アンソニーが入ってきたとき寝る準備をしていたから、そのまま眠れて・・・」


ふと思って自分の格好を見る。


ガウンを羽織ったネグリジェのままだった!


「男爵、見ないでください!レディの寝巻き姿を見ちゃダメなんですよ!すみやかに出て行って!」


「ルイス、色々言いたいことはあるが、まずここはフランシスの部屋じゃないかな。」


嫌味を言う男爵をとりあえず部屋から押し出すと、フランシス君に丁寧にお礼を言って、私の部屋に戻る。


明るいフランシス君の部屋の後だとどこか暗い印象の部屋ね。でももう疲れてしまって、模様替え計画を立てる余裕がない。


ガウンをベッドの上に脱ぎ捨てると、私はベッドに潜り込んで、そのまま眠りに落ちた。


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