LXVIII 大司馬バッキンガム公爵
リネンをアンソニーの体とベッドの間に敷いて、手につけたオリーブオイルをアンソニーの足に塗っていく。
「つめたいっ!何するんだっ!」
「我慢してて。」
兄さんと弟にマッサージオイルを使ったことはあったけど、二人ともこんなあられもない格好はしていなかったから、これは結構貴重な機会。
「がまんするけど、ほんとに昨日の魔法かけてくれるんだよな?さっきのやつじゃないよな?」
アンソニーは疑心暗鬼になっているみたいだった。
「何度も言うけど、今度私の前で服を脱ぎ始めたらさっきのやつをやるからね。」
「わかったっ!もう脱がないからっ!さっきのは無理っ!」
革紐を緩めたときに一応サインしてもらったけど、こういうのは繰り返しが大切よね。
前回捕まえたとき、アンソニーはふくらはぎをマッサージされるのが好きだったみたいだから、足首から擦り上げるようにマッサージしていく。
「あはあああっ!きたあああっ!」
アンソニーがまた奇声をあげたけど、さっきと違って苦しくはなさそう。筋肉痛もない健康体だから、本当はマッサージなんて必要ないんだけどね。
「それはそうと、男爵、ダドリーさんって確か増税で有名になった人よね?」
お父様のお客さんは大地主が多かったから、ダドリー議長が主導した増税はすごく評判が悪かった。
「ノリッジでは税金の方が有名だろうね。彼は緊縮財政を主導したから、宮廷では予算のカットが激しかったんだ。ここの宮殿ではそちら方面で恨みを買っているよ。」
真面目な表情だった男爵は苦笑いをした。
増税と支出カットとなると、誰も喜ばないわよね。内戦の後王室は破綻状態だって聞いていたから、仕方なかったのだろうけど。
「ほわっ・・・魔法・・・ふひっ・・・魔法かかってるっ・・・はうっ・・・」
すっかり悦に入った表情のアンソニー。顎を撫でられて嬉しがるアメリカンコッカースパニエルみたい。金髪の癖っ毛だし、顔がやんちゃな感じも、口で息をしている感じもまさにって感じ。
パブロフの犬は多分もっと大型犬だったんだろうけど。
「それで、ダドリーさんは手強い敵なの?」
「そうだね。サリー伯爵と違って派閥みたいなものはないし、身分もそんなに高くない。ご察しの通り人気があるわけでもないよ。ただ国王陛下の一番の寵臣で、内戦では敵だったサリー伯爵と違って全幅の信頼を置かれているんだ。その意味ではサリー伯爵一派よりも厄介な相手だと言えるね。」
国王陛下はどっちの味方なのかしら。私のプロジェクトが失敗したら、最初からダドリー議長の肩を持っていたように振る舞うのかもしれないわ。
擦り上げるのは一旦やめて、今度はアキレス腱から脹脛にかけてつまむように揉んでいく。
「ひゃうっ!・・・今のつまむやつ・・・もう一回!・・・もう一回やってっ!」
こっちを見つめるアンソニーの顔がひどいことになっている。フランシス君のベッドを防護しないといけないから、アンソニーの顔と枕の間にリネンを入れて、足元に戻る。
「ここかしら、パブロフ?」
「いひゃっ・・・まほう・・・いいっ・・・ふおっ・・・」
「それで男爵、身元がわかっていて、私を捕まえようとしている人はサリー伯爵一派とダドリーさんだけなんですか?」
男爵は頭を掻くような仕草をした。
「一派といえば近いかもしれないが、サリー伯爵に近い大司馬のバッキンガム公爵、外交官のドーセット侯爵がルイーズ・レミントン無罪に事後で反対しているんだ。二人とも私と同年代でまだ若いが、アーサー王太子に近い王妃派の大貴族だよ。」
「・・・もっとっ・・・あうっ・・・もっとだっ・・・」
王子の従者も覚えないといけないのに、名前を覚えていられるかしら。バッキンガム公爵はイケメンらしいという噂を聞いたことがあるけど。
「私たちの敵陣営には、身分が高い人が揃っているのね。」
「正式な決まりはないとはいえ、星室庁は貴族を隠密に裁く機関だから、今回の裁判は彼らにとっては面白くなかったのだろうね。ドーセット侯爵はトマスとも親しいし、あまり身分にこだわる方ではないけどね。」
「・・・んんっ・・・そこっ・・・」
私みたいな貴族じゃない女が王子の周りを彷徨いていたら、公爵様や侯爵様はきっと排除にかかると思う。生粋の貴族だったら、事情が事情とはいえ平民に囲まれているヘンリー王子よりは、アーサー王太子と王女のキャサリン妃の方が親近感が湧くと思う。
「男爵、他に私を狙いそうな人の心当たりはありますか。」
「難しいね。ウィロビーに聞いてみてくれないかな。」
「・・・ふはあ・・・ん・・・」
アンソニーちゃんと喋れるかしら。でもさっき鳥の羽であっさり陥落していたし、案外色々と教えてくれるかもしれない。