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LXIII 庶民院議長サー・リチャード・エンプソン

ダドリー様の部屋の前に立ったとき、俺はまだアーサー様にアンソニーの件を伝えられていなかった。


朝のうちにダドリー様から召集がかかったとき、新しい情報が入るかもしれない、なんて言う情けない先送りの言い訳を考えて、また自己嫌悪に陥った。


結局先送りしたわけだが。


「フィッツジェラルドです。」


「入りなさい。」


ドアが開いて、正面の執務机に座ったダドリー様と、その横に立つサー・リチャードが目に入った。サー・リチャードの目線は俺ではない方向に向けられている。


「さて、フィッツジェラルドが到着した。私たちには言えないことも、大親友の彼になら言えるだろう、ウィロビー?」


ウィロビー?


視線を追って左を向くと、跪いたアンソニーの姿があった。夕方でまだ明かりを灯していないから、表情はよく見えない。


「アンソニー、無事だったのか!」


アンソニーは微動だにしない。


「ウィロビー、私たちが席を外せば、フィッツジェラルドに話やすいかね。」


今度はダドリー様がアンソニーに尋ねる。


「いいえ、誰にも、何もいえません、魔女様と、いやルイーズ様と約束したので。」




鈍器で殴られたような気分になった。




ルイーズ「様」?




「目を覚ませアンソニー。ルイーズ・レミントンはアーサー様を惑わせてこの国に災いをもたらす魔女だぞ。」


「ごめんジェラルド。俺の体も心ももう全部魔女様のものだ。」


なんだって?


「ウィロビー家の誇りはどうした?俺との友情はそんなものだったのか、アンソニー。」


「ジェラルド、お前も魔法にかかればわかる。そうだ、一緒に魔法にかかりに行こう!」


支離滅裂だ。


アンソニーがこちらを向いた。目がおかしい。


「ジェラルドもきっと気にいると思う・・・だって魔法を思い出すだけでもう・・・はあ・・・はあ・・・またかけられたい・・・」


「何をされたんだアンソニー。」


「それはいえない・・・でも体験すればわかる・・・はあ・・・ジェラルドも一緒に気持ちよくなろうぜ・・・はあ・・・はあ・・・」


アンソニーはすっかり動物みたいになってしまっていた。俺が守ってやれなかったせいでこんなことに・・・


「見ての通り、ウィロビーは魔女に魂を鷲掴みにされてしまったが、いくつか想定と違う点がある。まず当初ウィロビーに魔法をかけたのは二人目の魔女だったはずだが、さっきからウィロビーが名前を口にしているのはルイーズ・レミントンだ。混ざったせいで二人の魔法がそれぞれどんな効果があったのか分からなくなってしまった。」


サー・リチャードはイライラしているようだった。


「二人目の魔女と違ってルイーズ・レミントンは星室庁で無罪になっているし、我々の手で葬り去るのは難しいだろう。背後にいる人間は二人目の魔女が消されるリスクを考えて、より立場の保証されたレミントンを使ったのだと考えているのだよ。」


ダドリー様はまた分析を始めていたようだ。


「そうかもしれません。あとは、ルイーズ・レミントンは俺たちに簡単に捕獲されましたから、抵抗する相手を二人目の魔女が狩って、そのあとレミントンが誘惑するという連携もあったかもしれません。」


アンソニーの様子にショックを受けてはいたが、思いの外スラスラと言葉が出てきた。魔女に操られているとはいえ、やっぱりアンソニーが生きているのを見て安心したのかもしれない。


凶悪なのは二人目の魔女だが、アンソニーが夢中になってしまったのはレミントンだ。


「概ね事前に想定した通りの魔法の効果ではある。こうしてアーサー王太子を退化させ、体も心も意のままに操るつもりだろう。問題は対策が打ちづらいことだ。一体誰なのだ二人目の魔女とは。」


サー・リチャードは声を荒げた。


「もう一つ問題なのは、魔女や魔法が関わらない限り、一見極めて正常に見えることだろうね。スタンリー卿の症例と同じく、ウィロビーは魔女に夢中になっているが日常生活に支障をきたしていない。これではアーサー王太子が魔法にかかってしまった場合、魔女に操られていると証明するのも難しいし、下手をしたら我々が知らないうちに症状が進行してしまうかもしれない。」


ダドリー様も困った様子だ。


「アンソニーはこのあとどうなるのですか。」


「アーサー王太子の近くに置くわけにはいかない。一方で万が一、アーサー王太子が魔女の手にかかった場合、魔法から更生する方法を考えなければならない。そのためにもアンソニーは実験体になってもらう必要がある。」


「魔法の効果や持続を観察する必要もある。スタンリー卿の場合、魔女との接触が一切無くとも数ヶ月は続くようだがね。」


枢密院議長のダドリー様と庶民院議長のサー・リチャードはいつも息が合っている。この二人が国の財政とほとんどの政策をスムーズに回しているのだから、この魔女問題でも心強い味方だ。


「ダドリー様、サー・リチャード、俺にアンソニーを更生させてください。」


「何か方策はあるのかフィッツジェラルド。」


「いいえ。でも、必ずやアンソニーを元の天真爛漫とした勇敢な騎士に戻して見せます。」


ダドリー様とサー・リチャードは顔を見合わせてうなずいた。


「フィッツジェラルド、頼んだぞ。残念ながら正攻法も何もないが、魔女が魔法をかける場面を目にしたお前は、この分野の第一人者と言える。失敗しても失うものはない。」


「フィッツジェラルド、君はウィロビーの細かい変化に気がつくだろう。全く地図のない長い戦いかもしれないが、全力を尽くしてほしい。」


「はいっ」


これは俺のせめてもの罪滅ぼしだ。


「魔女様は・・・どこにいるんですか・・・」


隣で息を荒くしていたアンソニーが聞いてきた。更生の話は聞いていたんだろうか。


「北の修道院に入ってしまった。もう一生お前と会うことはないよ、ウィロビー。」


サー・リチャードが冷たく告げる。


アンソニーはヘナヘナと崩れ落ちた。


「そんな・・・魔女様・・・俺がべんぎをはかったら魔法をかけてくれるって言ってたのにい・・・」




なんだと。




なんという邪悪な魔女だ。アンソニーに仲間を裏切らせるなど言語道断だ。


魔女に憤りつつも、俺は便宜を図ろうとしたアンソニーにもショックを受けていた。これはかなり魂をやられてしまっている。


「この通り、魔女は常にウィロビーを統制するわけではなく、ウィロビーが魔女に恋い焦がれることによって、間接的にウィロビーを言いなりにするという方式をとっているようだ。これについてはスタンリー卿の事例も大差はない。」


サー・リチャードは淡々と描写するが、俺にとっては苦々しいばかりだ。


「ウィロビーを野放しにしてあるのは情報を収集させるとともに手駒として使うためだろう。場合によってはアーサー王太子を誘拐させようとするかもしれない。くれぐれも注意してほしい。」


ダドリー様は俺のそばに近づきながら話続けて、最後は耳うちする形になった。


「実際は修道院に入った魔女は囮だと考えているよ。レミントンに夢中のスタンリー卿が身柄を確保しようとしたようだが、結局誰も連れないまま帰陣した。状況を鑑みて、二人ともリッチモンドの宮殿の近くか、王都のどこかに潜んでいるはずだよ。女にはくれぐれも気をつけないといけない。」


ダドリー様が小声で続けた。


「わかりました。俺も何か怪しい動きがないか注視します。」


「よろしい。話はそれだけだが、ウィロビーを頼んだよ、フィッツジェラルド。怪しい女を見かけたら速やかに報告するように。」


「お任せください。」


俺は一礼すると、「ひどいぜ魔女さまあ・・・」なんて言っているアンソニーを引きずって部屋を出る。魔女は定義上ひどいに決まっているだろうに、早く目を覚まさせてやりたい。


廊下で、もう一度アンソニーの目を見つめ直す。


「アンソニー、俺が絶対もとに戻してやるからな。」


なんだか感情的になってきた。肩を抱いてアンソニーに語りかける。


「ジェラルド、元に戻ったら魔女さまのところに届けてくれるか?」


道のりは長そうだが、俺がアンソニーから受けてきた恩を返す番だ。


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