LIX 侍従グリフィス・ライス
アーサー様はどこか物憂げな後ろ姿で窓の外を見ていらっしゃったが、俺達の方を向いたときにはいつもの穏やかな笑顔をつくっていらした。
アーサー様は他の人間と話すときに不快そうな顔を見せない。
「そういえばアンソニーを見ないね。お兄さんのお出迎えに行っているのかな?」
体が震える。
アンソニーは魔女にやられたと、アーサー様に報告するのは俺の役割だ。俺が守ってやれなかったのだから。包み隠さず話して、跪いて許しを乞うしかない。
アーサー様は「よく頑張ったね。さぞ辛かっただろうね。」なんて言ってお許しくださるだろうけど、深く心を痛められるだろう。さらに皆が俺を許すかどうかは別の問題だ。
俺が俺を許せるかも全く別の問題だ。
口を開く。思った言葉の代わりに空気が出入りするだけだ。
いつ俺はこんな情けない人間になったのか。これでは島の恥だ。
ふとアーサー様と目があった。
「それはそうと、モーリスはヘンリーのところで元気にやれているかな。何か知らせを聞いたかい?」
俺の表情を見て、アンソニーのことは聞かないことにされたのだろう。アーサー様のことだから、多分この話題が上がることは二度とない。密かにお気を揉んでおられるだろうけど、もうそれを表情に出されることもないのだ。
俺は自分が情けない。
いつまでも黙ってはいられないから、後で二人だけのときに説明しないといけないだろう。
「モーリスはいい奴だが理屈屋だからな、あの肉団子集団の中でうまくやっていけるかは俺も心配している。気力が持つだけでも大したもんだ。」
グリフィスはヘンリー王子周辺が気に食わないのを隠そうとしない。
「そもそもヘンリー王子周辺で簡単な計算ができるのがゲイジただ一人でしたからね、話の合わない肉体派と付き合わないといけないのは大変でしょうが、ある意味モーリスが理論家だから選ばれたわけですし、頑張ってもらうほかないでしょう。」
ラドクリフは淡々としているが、こいつは選ばれずに済んだとき人目を憚らずにほっとしていたのをよく覚えている。
モーリスは俺たちの中でも一番教養があったから、モーリスが出向するのはアーサー王太子にとっては決していい話ではなかった。しかしヘンリー王子の領地が荒れて財政が傾いていたのは客観的な事実だし、困っている人間を前にしてアーサー様が何かを嫌がるなんてこと、俺は一度として見たことはない。
「モーリスは逆境に立ち向かえる器量と信念を持っているからね、僕はグリフィスやロバートよりも少し楽観的だよ。」
アーサー様は人を悪く言わない。本来なら敵を作るはずがない人なのだ。
あんな灼熱の太陽みたいな、暑苦しい大男の弟などいなければ。
「ジェラルドはどう思う?」
アーサー王子はさっき目にした俺の失態などなかったかのように尋ねてくる。
「モーリスは本当にいい奴ですが、正論を振りかざす癖がありますからね、ああいう武闘派には受けが悪いのではないかと気を揉んでいます。あとはせっかく美形なのに、肩のせいでいつも不機嫌に見えるのが玉に傷ですね。ヘンリー王子周辺は何かくだらないことで大笑いするのが日課みたいですから、不機嫌だと見られないことを祈っています。」
気分的にはモーリスを擁護したいけど、いつもの俺のトーンを気にかける。
せっかくアーサー様がなかったことにされているのだ。この場では平然を心がけなければ。
「フィッツジェラルド、顔色が悪いのではないか?」
ラドクリフは俺がおかしいのに気づいたみたいだった。
アーサー王子はにこりと笑う。
「そういえばジェラルドは昨晩牡蠣を食べすぎていたね。これから夏になるから気をつけないといけないよ。ロバート、旅行先で美味しいものに出会えたかな。話を聞かせておくれ。」
宮殿から出ないアーサー様が、ラドクリフと新妻の旅行の話を聞くのもお辛いのではないかと思うけど、アーサー様はそういった気遣いは不要だと日頃からおっしゃっている。
アーサー様のお計らいで、その後はごくごく平和な会話が続いた。
俺の心の中は嵐が吹き荒んでいた。




