LVI 強奪者ルイーズ・レミントン
モーリス君の衣装のバリエーションは思ったより限られていて、紺か緑かグレーかこげ茶という選択肢だった。全般的にセンスは悪くないと思う。アーサー王太子の従者集団はヘンリー王子のサーカスと比べて落ち着いているみたい。
「やっぱり深緑のローブが一番素敵ね。」
白い毛皮の縁取りがいいアクセントになっていて地味すぎないし、これだったら女性用の服を中に着ていても外から不自然に見えない。トランクに黒革のブーツが入っていたから小物を調達する必要もなくていいと思う。
「そうですか・・・」
相変わらずモーリス君は恥ずかしそうにしている。この世界に生まれて16年になるけど、服を貸すくらいでここまで恥ずかしがる感覚はよくわからない。
「この青緑のオーバーもベルベットみたいな手触りでいいわ。」
銀色のボタンがついたダブルのコートみたいになっていて、軍服みたいな見た目。夏になったら暑いだろうけどその頃にはマダムの服が仕上がっているはず。
「そのマントは僕の背が伸びてからあまり着ていないのです。手入れができていないので匂いが気になるかもしれません。」
「そんなことないと思うけど。」
生地の端を鼻に近づけてみる。
「そんなっ!聖女様っ!」
モーリス君は涙目で猛抗議しているけどスルーする。この調子ならそろそろ聖女引退できるかしら。
青緑の服は夏の間しまってあった服を久しぶりにタンスから出したときみたいな、衣服特有の香りがしただけで、そんなに不快じゃない。
「大丈夫よモーリス君。後でアルコールの入ってない水仙の香水か何かをふりかけようと思うけど、このままでも平気よ?」
「恥ずかしい・・・」
モーリス君はもともと青白い肌だから完全に真っ赤にはならないけど、ほっぺたは最大限ピンクになっている。
背が伸びてから着ていないなら、今の私にちょうどいいサイズかもしれない。
「ちょっと着てみるわね。」
イブニングドレスは割とぴっちりした作りだから、この上からでも着られると思う。少しゴワゴワするだろうけど。
「お待ちください聖女様っ!」
どうせそのうち着るのに、先送りする意味はないよね?
「丈の長さがちょうどいいか少し短いくらいね。」
「うう・・・」
モーリス君は恥ずかしがっているけど、気にしすぎだって説得できないかしら。
「モーリス君、間接キスみたいなものよ。気にしすぎなければ恥ずかしくもないし、ごく自然なことって思えるのよ。」
「間接キス?間に一人挟むということですか?」
モーリス君にはちょっと難しいコンセプトだったみたい。
「間接キスは純粋な乙女が悶々とするけど、周りから見たらなんの意味もない行為のことよ。」
説明を考えている間に青緑のオーバーを着終わった。膝のあたりまであって、丈としてはちょうどいいくらい。
でも少し裾が広がっているから、レギンズだと不自然というか不格好になりそう。少し余裕のあるズボンのほうがしっくりきそうだし、ピーター少年みたいな不届き者が現れたときの防御になる。
「そうだモーリス君、腰から下に履く物も一応見せて?」
「ブリーチもですか!?」
モーリス君は戸惑いを隠そうとしなかった。
「そうよ、だって私スカートかタイツしか持ってないし、念のため。」
ズボンならグレーでも黒でも白でもいいと思う。丈の短い上着も見かけたし、モーリス君はタイツ派には見えないから、絶対にあるはず。
「聖女様、ブリーチは、どうかお許しください、恥ずかしすぎます・・・」
涙目のモーリス君は限界に達しつつあるみたいだった。
前世でいうと、雨に濡れた先輩にジャージを借りられて恥ずかしがる少女漫画のヒロインみたいな感じかしら。確かにブルマーまで借りられたらちょっと戸惑うかも。
でもほら、今は緊急事態だから。前世の漫画で月一回くらいの頻度で発生してた人工呼吸みたいなものよね。
「モーリス君、さっき『仰せのままに』って言ったときの覚悟はどこに言ったのかしら。」
「・・・わかりました。僕の身は聖女様に捧げています。身につけたものを聖女様に献上するくらいの試練、耐えてみせます。」
悲壮感のある決意表明があった。
身は別に献上しなくていいのだけど。あと恥ずかしいからでも、そんなに嫌がられるとなんだか傷つく。
モーリス君は十字架を切って、ベッドに隠れていたタンスに向かうと、ズボンのコレクションを持ってきた。
「・・・何点かは肩から吊すものですが、聖女様の背丈に合いません。残りのいくつかは聖女様には腰回りの部分がゆるいかもしれません。」
レディの扱いをわかっているじゃない。
この世界だとベルトはあんまり信用できなくて、ぴったりしたズボンを履くか、腰あたりで上半身の服にくくりつけるような着方が多いみたい。男物の服なんてきたことないから実際どうするのかわからないけど。
「この灰色のズボン、丈が長いけど裾をブーツに入れれば不自然ではないと思うわ。ベルトもぴったり縛れるように改良しようと思うの。」
ノリッジにいたとき兄さんと弟にマッサージをするときのためのズボンを考案したし、器用な人に頼めば今日のうちに改良ベルトが完成するはず。
「レディがお腹をきつく縛ってはいけません、痕がついてしまいます。」
モーリス君の配慮はいつも嬉しい。
ちなみにコルセットで胸をぎゅうぎゅうに縛るのはごく当たり前に受け入れられていて、女性用ベルトが避けられるのは綺麗なお腹が健康な赤ちゃんを産むという迷信のせいだと思う。
「大丈夫。帯で代用してもいいわ。それじゃあ、明日は青緑の上着に灰色のズボン、明後日は深緑のローブを貸してもらうわね。それとこのズボンにはちょっと強めの香水をかけておくけどいいかしら。」
「もう僕の心はボロボロです、聖女様。」
モーリス君はすっかり萎れてしまったけど、とりあえず服装はクリア。
ルイスに実務能力は期待されてないだろうし、あとはヘンリー王子の前で美少年っぽく振る舞っておけばいいはず。あのアンソニーでさえ従者がつとまるわけだから、ちゃんとした身なりをするのが最優先よね。
でも美少年っぽい振る舞いって何かしら。とりあえずモーリス君みたいに恥じらうのも選択肢に入れておこうと思う。




