LV 敬虔者モーリス・セントジョン
モーリス君の部屋は私の部屋と同じ寸法だったけど、もっと質素な感じだった。木目貼りの私の部屋と違って、宮殿の外壁と同じゴツゴツした石組みが部屋を覆っている。壁には赤ん坊が洗礼される場面の大きなタペストリーがかけてあるけど、ちょっと古びた感じもする。
「僕の部屋に聖女様が・・・」
モーリス君は恥ずかしいのか嬉しいのかよく分からない様子で独り言を言っているけど、ひとまずお部屋を探索してみる。
部屋の隅に1メートルくらいの高さの木の十字架があった。ベッドはグレーで、枕の上だけ天蓋があってそこからカーテンを引くタイプ。木の椅子と仕事机が一つあって、あと家具らしい家具は衣類をひっかける木組みが一色あるくらい。
前世で友達がコンクリート打ちっ放しの部屋に住んでいたけど、大体それに宗教色を強めた感じ。
「十字架のインパクトがすごいわ。」
「僕が生まれる前の話ですが、内戦中に荒らされた実家で唯一残っていた家財だったみたいです。何か不思議な物を感じて、特に肩を痛めてからは毎晩その前で祈りを捧げていました。そうしたら神様が私の祈りを聞いてくださって、こうして聖女様の恩恵にあずかることができたのです。」
目を輝かせて演説するモーリス君。毎晩祈った結果現れたのが私って、ちょっと荷が重いのだけど。
神様じゃなくて世俗感溢れる男爵が引き合わせたんだからますます皮肉よね。
「モーリス君、私は聖女じゃないし、くれぐれも期待しすぎないでね。ツボを押される感じも、必ずしも気持ちいいわけではないでしょう?」
モーリス君は少しもじもじした。
「肩の付け根の部分はツボというのですね。それはその、もちろん僕が未熟なせいですが、正直に申し上げるとびっくりしてしまったり、ちょっと違和感を覚えたりすることもあります。」
感覚的には意外と常識人だったみたい。
「でも今朝起きたとき、治していただいた右肩に加えて、肩を中心に体全体が軽く感じて、とても爽やかな気分になれたんです。昨日右肩を治していただいたときにも生まれ変わったような気分でしたが、夢見心地だったぶん、心のどこかで朝起きたら元に戻ってしまうのではないかと不安に思っていました。それがこんなにさっぱりとした気分になれるなんて、幸せすぎておかしくなりそうです。」
モーリス君は美しい思い出を噛み締めるみたいに語った。
「そう、それはよかった。」
言ってみて自分の声が上機嫌になっているのに気づく。
純粋に嬉しい。マッサージされたその場で気分が良くなる人も多いけど、翌朝の感想なんて家族以外には滅多に聞けないし、多少大袈裟なモーリス君だけど肩が楽になって喜んでもらえたのは、マッサージをしてあげた甲斐があったと思う。
一方でしきりに「あっ、あっ」って言っていたのは、アンソニーの場合とは違ったんだなと思うとちょっと反省する。
「昨日も言ったけど、脱臼は再発し始めると面倒だからね、気をつけていきましょうね。」
「はい、聖女様の仰せのままに。」
モーリス君は騎士が忠誠を誓うみたいなポーズをとった。
「仰せのままに」って使い方違うと思うのだけど。あと跪くのはやめてほしい。でもこうしてみるとサラサラのベージュの髪の毛はペットみたいに撫でたくなる。
マッサージの効果があったのはすごく嬉しいし、緑の目の美少年に感謝されるのも悪い気はしない。
「じゃあ貸してもらう服を選びましょうか。」
誰もみていないけど、十字架の前で跪かれているのもなんだか気恥ずかしいし、今度はモーリス君が恥ずかしがってもらおうと思う。