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LIV レミントン家従僕エグバート・ロング

遠いノックの音で目が覚めた。スザンナが来ているみたい。


慣れない天蓋ベッドのカーテンを開けると、窓から日が差し込んでいた。東向きの部屋だったみたい。


改めて見回すと、前世の古い名門ホテルみたいな部屋だった。暗い色のオーク材が貼られた壁に、エンジ色の天蓋つきベッドと肘掛け椅子、エナメルみたいに光沢のある木目の化粧台と衣装箪笥。暖炉は鉄の扉で閉じられている。


昨晩思った通り、冬だったら温かみがあっていいかもしれないけど、これから夏になるとやっぱり暑苦しい感じがするかもしれない。上等な部屋であることには間違いはないけど。


コンコンと、さっきより大きなノックの音がする。


「はあい、ちょっと待ってね。」


ひっかけるタイプの楽な靴を履いて、化粧台の前でちょっと髪を整えると、赤茶色のチェック柄のガウンを羽織ってドアの前にいく。


「スザンナよね?」


ドアを開けたらサリー伯爵一派が逮捕しに来ていた、なんていう展開は怖い。


「聖女様、僕です!モーリスです!」


ちょっと焦ったモーリス君の声がした。


「ちょっと待っていてね。」


流石にネグリジェにガウンでモーリス君の前に出るわけにはいかない。これでも一応レディだし。


とりあえずリネンのスリップを着て、白っぽいレギンズを履いて、ノリッジから持ってきた薄いピンク色のハイカラーのアフタヌーンドレスを着る。


「お急ぎください、聖女様!」


モーリス君はレディの身支度には時間がかかるってわかってないみたい。もう少し「聖女様」の自主性を尊重してほしい。


「今行くから、もう少し待っていて。」


ラベンダーと迷ったけど、シトラスの薄い香水をとりあえず手首につける。髪はどうしよう。


「大変なんです!」


仕方がないから髪は簡単にまとめて、少し派手な花飾りのついた帽子をかぶる。


「今行きます。」


靴をミュールからパンプスに代えて、ドアを開けにいく。


ドアを開けるとモーリス君が青くなっていた。もともと肌の色が白いから、青白いって言葉がよく似合う。美形は青ざめても美形だけど、群青色のコート状の服が青っぽさに拍車をかけている。


「今朝ヘンリー王子の滞在先から伝書鳩が着きました。一行に具合が悪い従者がいたようで、鷹狩の旅を切り上げてここリッチモンドに戻るそうです。」


鷹狩をしているところから伝書鳩を飛ばしたら狩られちゃうんじゃないかしら、なんて呑気な想像をしちゃった。


「わかったわ。彼らはいつ出発するのかしら。」


「もう出発しています。到着は明日の午前中です。」


モーリス君が青ざめる理由がわかってきた。


「どうしよう、服がないわ!」


マダム・ポーリーヌは昨晩採寸したばっかりだし、従者の格好を仕上げるのには時間がかかるはず。裁判用のローブはあるにはあるのだけど、カラフルな王子一座の中で一人だけ厳粛な感じになるのは、目立つし避けたい。


「服よりもまず、聖女様が従者の仕事を覚える暇がありません。」


「それはなんとかなると思うわ。」


もちろん従者の仕事なんてしたことがないけど、レミントン家ではメイドの他に私付きの従者のロングがいたし、多分今まで見てきたようなことをすればいいんだと思う。ルイスは病弱な設定だから力仕事はしないし、着任前に従者をしていた設定もないしそもそも見た目採用だから不慣れでもいいと思う。今晩ベッドメイキングだけスザンナに習っておこうかな。


大事なのは服。


「モーリス君、服を貸してくれないかしら。」


今日の群青色のフロックコートみたいな服は今ひとつだと思うけど、昨日の深緑のローブはよかったと思う。


「僕のありきたりの服を聖女様に着ていただくなんて、そんな恐れ多いことはできません!」


さっきまで青かったモーリス君だったけど、今度は薄ピンク色に頬を染めている。


「今はそれどころじゃないでしょう?それに昨日の服は素敵だったわ。」


「その、お気に召した深緑色のローブはウールのやつで、去年の秋から僕が着ているものなんです。着られたとき少し匂うかもしれませんし、聖女様の着た服を僕が着るのを想像すると少し恥ずかしいです。」


シャツのときも思ったけど、こっちの世界だと恥ずかしさの基準が違うのよね。香水をするのがエチケットで体臭を気にするのはその一つ。確かに兄さんや弟も多少この感じはあったけど、それに比べてもモーリス君はちょっと乙女すぎると思う。


「モーリス君、非常事態なの。明日には男物の服を着ないといけないのだし、測って裾を折っておかないと引きずってしまうわ。」


「ですが、レディはもちろん神聖な聖女様を汚してしまうわけには参りません。」


モーリス君は男爵と真逆でこの世界のセクハラに敏感みたいだけど、これはこれで面倒。


「分かったわ。ちょっと後ろを向いていてくれない。」


「こうですか?」


モーリス君はこういうところは聞き分けが良くて助かる。


昨日効いていた首の付け根のツボをリズミカルに押してみる。


「ふっ、あっ、聖女さまっ、せいじょさまあっ!!」


聖女様はこんなことしないと思うけどね。


モーリス君はアンソニーと違ってふにゃふにゃになってくれないから、指で苛めているような罪悪感に襲われるけど、でも今は緊急事態だからしょうがないよね。


「モーリス君の部屋に案内してくれる?私でも着られそうなローブを選ばせて。そうしたら続きをしてあげるわ。」


モーリス君は逡巡したようだったけど、赤くなった顔をこくんと動かして、少し悔しそうに同意した。


この美少年は「あっ」しか言わないから肩揉みが気に入ったのかどうか確信が持てなかったけど、私の直感は当たっていたみたい。


そのまま電車ごっこをしている子供みたいな格好で、片手でドアを閉めた私はモーリス君の部屋に向かった。


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