LIII 副官ルパート・タウンゼント
朝靄の中に、先を急ぐ黒い馬車の姿を捉えた。
「そこの馬車、止まれ!」
鞭を打って馬を駆け足にさせる。見通しが悪いのでギャロップは危険だ。
馬車は止まる気配はなかったが、所詮は二頭立て、みるみるうちに影が大きくなる。護衛もない地味な馬車だ。
本来なら前後に馬車を一台ずつ、さらにその前後に騎馬兵をつけるのが護送のスタンダードのはず。嫌な予感がする。
「ルパート、ラッパを用意してくれ!」
「かしこまりました!」
馬の上から怒鳴り合う。ルパート以外の手勢は私から遅れていた。馬車が強行突破する気なら後方の連中を動員する必要がある。
馬車まで馬二頭身分の距離に近づいた。中は見えない。ピストルを用意する。
先方に左に曲がるカーブが見えた。馬車はまだ方向を変えていない。
「ルパート、私のすぐ後ろを走るんだ!」
「はっ!」
左側に進路を取る。二人だけでも、曲がろうとする二頭立ての馬車なら止められるはずだ。
馬二頭とほぼ並ぶところまできた。
「止まれ!」
御者はこちらを横目で見つつ強行突破の構えを見せる。
だが馬は言うことを聞かなかった。私とルパートでカーブするスペースを塞いだからだ。混乱した馬二頭に追うように馬車は蛇行する。
警告と合図を兼ねて空砲を撃つ。
そのまま道から外れるように馬車が減速していく。
「それでいい。」
ルパートが令状を用意している間に、私は馬車を木陰のような場所に誘導した。
行き止まりに当たった馬車は、馬が職務を放棄するような形になって止まった。
後ろの手勢が到着し始めている。
「御者、扉をあけるように。」
先ほどから不服を隠そうともしなかった御者だったが、ここでは大人しく従うようだ。
扉が開き、恐る恐ると言う風に男二人と女一人が姿を現した。
なんということだ。
「この女がルイーズ・レミントンですか。」
話が違う、と言いたげにルパートが私をみる。
「違う。囮だ。」
護衛が手薄なところを見てから嫌な予感がしていたが、まさか全部が陽動だったとは。
「御者、お前たちは昨晩エールズベリーに泊まったことに間違いないか。」
「左様で。」
軍団に囲まれているわりにこの御者は平然としている。それもそうか。
「お前たちの一行にはルイーズ・レミントンの名が入っていたはずだが。」
「ルイーズ嬢ならこちらです。」
御者は顎をしゃくって、栗色の髪の毛の大人しそうな娘を指した。少し震えているが、目はこちらからそらさずにいる。
とんだ茶番だ。
「ウィンスローに伝えろ、ルイーズ・レミントン役にはせめてもっと美人を用意しろとな。」
北へ向かう交通は把握してある。おそらくはルイーズにはウィンスロー自身が付き添っているのだろう。王都にとどまっているか、西に向かったかだ。
ルイーズは頭はいいが、顔の良い男にすこぶる弱い。手遅れになる前にウィンスローの前言撤回癖に気付いて欲しいが。
「失礼ですが、旦那は一体どなたなんで?」
御者が冷めた目で見つめてくる。名乗っていなかったか。
「ロード・トマス・スタンリーだ」




