LII 王室副家令ハーバート男爵
ひどいことをしたフォローとしてモーリス君の肩を揉んであげることにした。夜も遅くなってきたので、ゴードンさんたちは帰る準備をしている。
「・・・あっ・・・」
「それで男爵、この先数日の日程を教えてもらえないかしら。」
男爵は羊皮紙を二巻取り出した。
「ここに大まかな日程が書いてあるけど、変更があるかもしれないから余裕を持って行動してくれると嬉しい。明日の午後にルイスとルイザの認証式があるよ。担当する副家令のハーバート男爵は一人二役を知っているから、あまり緊張しなくていいと思う。ルイスの認証式には私が、ルイザの認証式ではトマスが付き添う予定だよ。詳しくはフランシスに聞くといい。」
「従者の服なんてさっき採寸したばかりだし、明日までに出来上がるはずがないわ。」
「裁判用のローブを持ってきていたよね、あれで構わないよ。王子が帰還するのは明々後日だから、それまでは好きな服を着ていていいはずだよ。」
そういえば私のトランクの中身をフランシス君がチェックしていたんだっけ。
「困ったらセントジョンの服を借りたらどうかな。派手すぎないからルイスとしてもいいだろう。」
目の前で肩を揉まれているルイス君の服を見た。これくらいだったら存在感はあるけど派手すぎなくていいかもしれない。
「確かにこの深緑のローブなんか素敵だと思うわ。モーリス君、万が一の時は借りてもいいかしら?」
「・・・あっ・・・あ・・・」
あとで聞いてみようと思う。断られることはない気がする。
男爵は2枚目の羊皮紙を広げた。
「もう一枚の羊皮紙に宮殿の大まかな地図が記してあるよ。建物の構造は複雑ではあるけど中庭の多い作りだから、迷うことはないと思う。トイレは一階奥、従者用の洗面所は一階手前、食堂は二階の突き当たりだよ。」
地図を眺めてみる。確かに迷ったら中庭が目印になって、あまり方向を失うことはなさそう。
北側には川に接していて、宮殿の南に聖堂と庭園、そのさきに厩舎や武器庫なんかがあるみたい。敷地は広いけど建物の大半は川沿いに固まっている。
「この作りだとルイスにもルイザにも出会う人は結構いると思うけど?」
男爵は私を宥めるようにいつもの微笑を見せた。
「キッチンだけで数百人のスタッフがいるんだ。誰も覚えていられないよ。ただし歩き回る時はなるべくルイザでいてほしいかな。従者仲間は嫌でも一緒にいることになるけど、侍女仲間は探さないと見つからないからね。」
確かに女友達は恋しいかもしれない。スザンナとはおしゃべりが盛り上がる気がしないし、ポーリーヌ夫人は難しそうだったし。
「私につく召使いはスザンナだけなの?」
「トマスがルイザ付きの小間使いを用意してくれる予定だけど、まだ来ていないと思うね。スザンナの他に下男のフランクが荷物運びや風呂の準備みたいな力仕事をしてくれるけど、ルイスの正体を知らないから、ちゃんとウィッグをかぶって男の格好で接して欲しいな。」
荷物運びは今までゴードンさんたちにやってもらっていたけど、考えてみれば近衛兵の仕事じゃないよね。
「ゴードンさん、ヒューさん、今日はどうもありがとう。」
「どういたしまして。」
「光栄です。」
二人とも笑顔で応えてくれた。
「ルイス、お礼をいう相手、誰か忘れていないかな。」
男爵が左手を差し出してきた。モーリス君を見てマッサージされたくなったのかな。
「忘れるわけがないでしょう。私の恩人だもの。」
私はにこりとした。
「ありがとうフランシス君。明日からまたよろしくね。」
今までほとんど存在感がなかったフランシス君は指名されてびっくりしたみたいだったけど、照れたような表情で会釈をした。
「やれやれ、天邪鬼の魔女には困ったものだね。ちなみに隣のフランシスの部屋に通じる隠し扉がそこにあるから、万が一のときは助けを求めたり、避難をしたりして欲しい。」
男爵は左手の引っ込みがつかなくなったのかまだ掲げているけど、改ってお礼をいうのもなんだか億劫になってしまう。
感謝はしているんだけどね。
「・・・だから聖女様を・・・あっ・・・魔女なんて・・・あ・・・」
「モーリス君も調子が戻ってきたみたいだし、解散するにはちょうどいい時間よね。皆さん今日はお疲れ様でした。」
男爵が左手を寂しそうに差し出しているけど、私ももう眠くなってきていたので、お暇することにした。
名残惜しそうな二人と残りの四人がぞろぞろと部屋から出たのを見届けると、鍵をかけて部屋のオイルランプを消して回る。レミントン家ではメイドさんがやってくれていたから、久しぶりでちょっと手間取った。
ネグリジェに着替えてベッドに横になる。柔らかいけどなんだかしっくりこないベッド。天蓋もなんだか圧迫感がある。そのうち慣れると思うけど。
昨日の午前中にはノリッジで魔女裁判にかけられていたって思うと、なんだかすごく長い1日半だったなと思う。
明々後日にはヘンリー王子が到着するのよね。イケメンで体格が良くて、インテリでスポーツもできて、気難しい完璧主義者で、好き嫌いが激しくて、派手好きの浪費家で、女を馬鹿にしていて、美少年を侍らせている王子。
あんまり楽しみじゃなくなってきた。
とりあえず、出会う前から偏見を持っていても仕方がないし、ちゃんとバイアスのない目で王子がどんな人か見定めていこうと思う。
私は大きめのベッドの中で少し伸びをすると、眠気に身を任せた。