L 総督代理キルデーン伯爵
モーリス君は深緑のローブを着直して、隣の部屋で待機していた一行を呼んできてくれた。男爵は目に見えて機嫌がいい。
「1日のうちにアーサー王太子派を二人も仕留めるとは、さすがは私の見込んだ魔女だよ、ルイス!」
仕留めるってなんなのかしら。ヒューさんもゴードンさんも頷いているから、私がアンソニーとモーリス君を仕留めたというのがコンセンサスみたい。
「どうか聖女様を魔女なんて呼ばないでください。不敬です。」
そうね、あと私を聖女なんて呼ばないでください。不憫です。
「まあ、セントジョンの前では聖女様ということにしておこうか。ウィロビーを見た後ならセントジョンも考えを変えるかもしれないけどね。」
男爵の顔にはまたデフォルトのニヤニヤが戻っている。確かにアンソニーを痺れさせたりマッサージをしているところは、側からは聖女よりもマッドサイエンティストに見えたかもしれないけどね。
「アンソニーの身に何かあったのですか?」
モーリス君は不安げになった。アーサー王太子付きの従者ってことは、アンソニーは同僚だったはず。
「そう言えば、アンソニーはどうしたのゴードンさん?放置してきちゃった?」
アンソニーは星室庁控え室でマッサージ中に寝ちゃったので、そのままゴードンさんに押し付けてきたんだった。
髭のゴードンさんは驚いた顔をした。
「そんな手荒な真似はできません。ウィロビー閣下の兄上の一人は鉱山卿にして西方監察官のウィロビー男爵ですから、彼が王都に帰還される前に色々と調整が必要となります。閣下は現在はシュールズベリー伯爵夫人の屋敷で預かってもらっております。絶えずルイーズ様の名前を呼んでおられましたが、今はお休みになられたようで、伯爵家の人間が空き部屋でお世話をされております。」
要は軟禁されているみたいだけど、アンソニーならきっと気づかないだろうし、アンソニーが軟禁されても多分誰も困らないだろうから問題なさそう。
ちなみにここにいるモーリス君は王太后様の甥の子供、つまり国王陛下の従兄弟の子供になると思うのだけど、ゴードンさんさっき取り押さえてなかったっけ?
「そうですか、アンソニーも聖女様の奇跡を目の当たりにしたのですね。」
モーリス君は感慨深げにしている。色々と違うけどこの美少年はすぐには自説を曲げないから後々じっくり話していこうと思う。
自分が手荒な真似をされたことはそんなに気になってないみたいで、身分を振りかざしていたアンソニーとは格が違うことを見せつけられる。アンソニーじゃなくてモーリス君が私を逮捕しにきていたら危なかったかもしれない。
そう言えばもう一人の黒い影は誰だったのかしら。
「モーリス君、アンソニーの無二の親友って誰かしら。」
「ジェラルド・フィッツジェラルドでしょう。従者仲間でもあの二人は特に親しくしていましたし、人質として王都に馴染めなかったジェラルドは誰にも分け隔てなく接していたアンソニーに懐いているようでした。」
人質?なんで人質が従者なんてしているのかしら。
それにしても、アンソニーが差別をしなかったのは単に何も考えていなかっただけだと思うけど、人間たまには欠点が美点になることもあるのね。
「セントジョン、簡単に仲間を売るとは余程魂を持っていかれているね。」
男爵が例の悪役風薄笑いを浮かべている。
「調べれば簡単にわかることでしょう、聖女様を煩わせるような類の情報ではありません。」
モーリス君は淡々としている。
「ジェラルド・フィッツジェラルド、島のキルデーン伯爵の長男に当たりますね。」
ヒューさんが思い出すように言う。島出身の人には一度もあったことがないと思う。失敗した投資案件をお父様が整理した時にちょっと聞いたけど、島はかなり未開の土地みたいだった。
「ねえ、人質ってどういうことなの?」
誰と対象を絞らずに、私は疑問を投げかけた。
数人の間で視線がやり取りされた後、男爵が答える。
「説明していなかったね、ルイス。王位を継承する予定のアーサー王太子の従者は、ここにいるモーリス・セントジョンやアンソニー・ウィロビーのような王室に近い名門貴族の次男以下と、ジェラルド・フィッツジェラルドやグリフィス・ライスのような、比較的最近征服された地域の有力者の長男に大別されるんだ。フィッツジェラルドの場合、父親のキルデーン伯爵は島の有力者として総督代行を務めているけど、仮に彼が島で独立運動を起こした場合はフィッツジェラルドの首がはねられることになるよ。一方でフィッツジェラルドは王都で育つことで、この国の宮廷文化に順応するとともに、彼が島で爵位を継承する頃には次期国王アーサー王太子と友情で結ばれて、反乱を起こしづらい、という算段なんだ。」
「なるほどね。体と顔で選ばれているヘンリー王子周辺とは全然違うのね。」
二人目の黒い影、「アンソニー!骨は拾ってやるからな!」なんて叫んでいたからアンソニー並みの知能だと思っていたけど、結構大変な境遇だったみたい。少し同情する。
「立場上、僕やロバートら本土の貴族とジェラルドやグリフィスの間には気まずい距離がありましたが、アンソニーの朗らかな態度でだんだん打ち解けていった部分がありました。アーサー王太子殿下もその側面を高く評価しておいででした。」
モーリス君は案外アンソニーを悪く思っていないみたいだった。でもアンソニーは何も分かっていなかっただけだから、絶対。
多分おバカなアンソニーは愛されキャラだったんだと思う。魔女逮捕任務に失敗して左遷されるなんて、周りの人から見れば癒し系がいなくなるみたいで寂しいかもしれない。どちらかと言えばアンソニーの責任というより人選ミスだと思うけど。
「アンソニーは家柄以外に取り柄がないと思っていたけど、不思議な才能もあるのね。」
「ルイーズ様、家柄と丈夫な体ほど重要なものは滅多にありません。教会関係者にはウォーズィー司祭のような庶民出身者もおりますが、ヘンリー王子殿下周辺は例外だと思ってください。」
ゴードンさんが突っ込んできた。実力での立身出世が難しいこの世界で、家柄への信頼と相続する領地はかなり重要になってくる。お父様は自力で成功する力があったけど、お母様の実家の初期投資とコネクションが重要だったことは間違いないし。
私も宮廷にいる間に、お客さんになってくれそうな人と低利でお金を貸してくれる人を探しておいた方がいいかもしれない。まだ何をするのかも決めてないけど。
司祭様は確かに、抜け目のない雰囲気とか顎の感じが庶民っぽかった。教会と軍隊は庶民でも出世のチャンスがある組織だけど、どちらも女の私は受け入れてくれないし、制服を着るのもあんまり魅力を感じない。
そう言えば、せっかく常識人がいるうちに、家柄以外にも色々問題がありそうなスザンナを引退させてあげられないかしら。
「モーリス君、このスザンナがさっき話した身代わりになってくれる女の子なんだけど、どう思う?」
スザンナは好意的に紹介されたと思ったのか。くるりと一回転してお辞儀をした。
なんで回転したのかわからないけど、下町の流儀なのかもしれない。スカートが広がってちょっと危なかった。
「どうと言われましても、無謀としか思ませんね。ただ伝説的な女好きのチャールズ・ブランドンが好みそうな見た目をしているので、場合によっては聖女様の盾になりうるかもしれません。」
チャールズ・ブランドンって確かヘンリー王子の従者の一人だったはず。女嫌いの王子のそばにそんな伝説がいてもいいのかしら。
モーリス君が爆弾を落としたのはその時だった。
「ところで聖女様、あなたの力を必要としているのはどう考えてもヘンリー王子ではなくて、明らかにアーサー王太子だと思うのですが。」




