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IV 少女ルイーズ・レミントン

馬車はノリッジをでてすぐに、羊が群がる牧草地帯に入った。街を出る機会はあんまりないから新鮮に見える。


空は薄曇りだけどあたりは明るくて、牧草のぼんやりした緑が柔らかい雰囲気に包まれている。


「ここから揺れるが、大丈夫かな。」


男爵は相変わらず微笑を浮かべたまま。これがデフォルトなのかもしれない。


「大丈夫よ、馬車は慣れていますから。」


この世界で馬車に慣れているのは、かなり境遇のいい方だと思う。


私は物心ついた頃から前世の記憶があったから、頑張れば発明王とか作曲家になれたのかもしれない。でも普通の少女として育ったのは、割と幸せな環境にあったからだと思う。


小さい頃は色々と期待と違うことがあったけど、使用人のいる裕福な家に生まれたし、慣れてしまえば不便はあまりなかった。両親の仲も良かったし、私も兄弟も健康に育った。レミントン家は水周りだけ改築してもらったけど、後は不満もなかったから前世の記憶を活用して有名になりたいとも思わなかった。


必要は発明の母、って本当よね。


ただ、せっかくトレーニングを終えたばかりだったのにマッサージをほとんどしないまま火事にあったのだけは心残りで、物心がついてからレミントン家の人たちをマッサージしてあげてきた。それだったこっちの世界のルールは守って、家の外でしたことはない。スタンリー卿とは家族ぐるみの付き合いがあったけど、お父さんが勧めなかったらマッサージはしていなかった。


気をつけていたのに、一回の失敗でみんなが魔女扱いしてくるなんて。


「浮かない顔だね。」


男爵が考え事を遮ってきた。目が慣れてきたのか、男爵の微笑が薄ら笑いに見えてくる。


「ええ、浮きません。私は王子様をマッサージしたあとは名無しの用済みだってことがさっきわかりましたからね。マッサージはできる限り先延ばししようと考えていたところです。」


考えていた内容は違うけど、いい機会だから男爵に嫌味をぶつけてみる。表情は変わらないけど、ちょっと眉毛がひくついたかな。


「悪かった、弁明させてくれないか。君は任務がうまく行った後、高齢の貴族の奥方になってもらうよう手配してあった。身分と土地の保障された女主人になれるんだ、いい待遇だろう。嫁ぎ先でいざこざがあった場合のために、君名義で年金も用意される予定だ。」


「名義って、名前も決まってないのに?」


これでも弁護士の娘なので、そんなバラ色の口約束は信用しません。


「だから悪かったと認めるから、婚約者の母親みたいな対応はやめてくれ。それに、スタンリーの様子を見るに、王子は君が女だとわかった後も手元に置きたがるんじゃないかと思ってね。後は子供ができた場合、君が公証人や弁護士の娘では都合が悪いので、第三の設定が必要になる。そのときの政治状況によって君の名前は変わるだろう。」


「さっきから子供子供って言っているけど、それは最初からお断りしていますからね。それに王子が私を毛嫌いしても、ちゃんと年金は用意してもらいます。」


王宮についたらもう一回確認しよう。男爵に言いくるめられただけで実は妾候補だった、とかいう展開は避けないと。


「その点は、私は楽観視しているよ。スタンリーの変貌をこの目で見ているしね。君も顔は可愛らしいし、女と交流がない王子の好みは私にもわからないが、見慣れない豊満な相手よりも平べったい方が安心する可能性もある。」


「バカ。婚約者の方、こんな破廉恥な人と結婚するなんてかわいそう。とりあえず、私は何も約束しませんからね。年金を用意して気を長く待っていてくださいね。」


男爵はまだ何か言いたそうだったけど、馬車の揺れで気分が悪そうにしているフランシス君を心配し始めたので、私はまた窓の外の羊たちをぼんやりと見始めた。


この計画、正直うまくいかないと思う。女がマッサージしたから長年の女嫌いが治るって飛躍は5歳児でもしないはず。でもうまくいくっていう男爵の楽観論に話を合わせるようにしている。


魔女裁判でノリッジには居づらくなっちゃったし、たとえ年金や結婚の話が反故にされても、王都で仕事先か結婚相手が見つかるかもしれない。名前を変えれば魔女扱いは終わるだろうし、推薦状くらいは書いてもらえる気がする。


問題は後見人になるはずのこの男爵が頼りないこと。知り合い一人がたまたまマッサージを気に入ったのを見て、王子も気にいるはずだと結論するところ、思ったより短絡的な人なのかもしれない。


「フランシス、もう少しでブリーにつく。楽しいことを考えて気を紛らわそう。羊は何匹いるか数えてみようじゃないか。」


「それって楽しいのですか。」


「ふっ」


やりとりがおかしくて少し吹き出してしまった。


小姓一人にこんなに丁寧なわけだし、説明も身分が下の私に対して誠実だったと思う。一応は火あぶりから救ってくれた人なわけだし、感謝はしていいかな。


「フランシス君、車酔いしないには、下を向かない方がいいよ。」


「フランシス、魔女の忠告は聞いた方がいいぞ。」


「ちょっと!」


なんだか予定調和の言い合いをしながら、なるようになるのかな、と思うとちょっと気が楽になった。


結局羊を数え始めたフランシス君に倣って、芝生に寝そべる羊に目をやる。いつも遠くから群れを見ていたけど、改めてみると羊って可愛いと思う。子羊とか抱きしめたら気持ち良さそう。


あとラム食べたい。


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