XLV 殉教者モーリス・セントジョン
目の前には十字架を握りしめて、念仏みたいに聖書を暗唱しているモーリス君。その両脇をゴードンさんとヒューさんが抑えている。
モーリス君の目隠しが悲劇感を出している。
「ルイーズ!」
男爵はマッサージを急かしてくるけど、この状況は正直言って突破口が見えない。
私たちもピンチだけど、何よりこんなに嫌がっているモーリス君がかわいそう。
バンジージャンプが仮に危険じゃないにしても、嫌がっている人にバンジージャンプをさせるのは間違いだと思う。マッサージも多分同じ。前世では無免許のマッサージ師がお客さんを骨折させるケースもあったしね。
目隠しのせいでモーリス君の表情はよく分からないけど、ゴードンさんが掴むところを変えたとき、痛そうな顔をした。
「ゴードンさん、もっと優しく抑えてあげて。」
私が声を出したことに、男爵が少し不満そうにこちらを見た。
「モーリス君、右肩が痛いのね。」
「表情で弱点を知られてしまったわけですか。最後になって僕も不甲斐ないものです。」
モーリス君は人生を諦めたような声を出した。多分、目隠しの下ではすごくさみしい目をしているんだと思う。
でも私だって右肩を少し楽にするくらいはできるかもしれない。腕の動きを見たところ外傷が原因ではないみたいだし。
「男爵、私はこのやり方に反対です。今回はモーリス君の肩の痛みに対して医術としてのマッサージをしますけど、心を奪うようなことは全くしませんからね。」
そもそもできないけどね。
「ルイーズ、モードリンとロアノークはどうなるんだ?」
男爵は少しだけ慌てたみたいだった。
「二人を咎めないでくれるよう、マッサージの後にモーリス君と二人で交渉させてください、いいですね。」
「何を交渉するんですか、僕はあなたたちにとって危険なだけでしょう。」
この格好でもモーリス君はプライドを保っていた。でも気をつけて見てみると少し姿勢が良くないかもしれない。肩の痛みもそこからきているかもしれないし、ひょっとしたらマッサージで色々と改善が見込めるかもしれない。
「ごめんね、すぐ楽にしてあげるからね。」
モーリス君に声をかけてみる。
「腕のいい死刑執行人みたいな台詞ですね。」
また諦めたような笑い。なんだか悲しくなってくる。
「ゴードンさん、モーリス君を椅子に座らせてあげてください。」
モーリス君は長椅子に設置されるように座って、私は椅子の後ろ側に回った。




